なV字形の空間が残ることになる。ピュトン作の杯に専属的に絵付をしてきたドゥーリスは,この空間を華麗なパルメット文様で埋め尽している。その結果,彼の絵が本来持つ高い装飾性を倍加させる効果を上げている。紀元前5世紀初頭の杯画は,アルカイック時代の作品のように「眼」や「パルメット」といった装飾的要素を極力押え,ェウフロニオス作の杯上に見るように,物語性の高い絵画が展開していたが,ここにりドゥーリスが「パルメット」文様を再び表現するようになったのは,小さい脚部台を持つピュトンの杯に絵付をしていたのがその第1の原因であると思われる(図2)。では,ピュトンは何故,ェウフロニオスとは異なった方向ではあったものの,やはりカノンを無視したプロポーションに基づいて杯を製作したのであろうか。現存する最古のピュトンの杯は,イオニア式脚部台を有する珍しい形をしている。そして,このイオニア式脚部台を持つ杯は,アッティカのものと異なり杯口径と脚部台直径の比ンの特殊な杯の製作態度の秘密を解く鍵は,この初期のロンドンにある杯に見出されるかも知れない。以上の筆者の発表に対し,反応があり,フィラデルフィアほかの博物館関係者から杯測定方法に関して質問を受けた。これを機会に研究資料の増加が見込まれ喜んでいる。尚,国際シンポジウムは,4月15日の盛大な昼食会で5日間に渡る会期の幕を閉じた。が1対0.33■0.35と小さいのが特徴(時には0.33以下の場合もある)である。ピュト(アムステルダムにて)86-
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