鹿島美術研究 年報第1号
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(1) 19世紀ヨーロッパ風景画の諸問題17世紀のオランダで形成された風景画においては,ウォルフガング・シュテーホフ1。美術に関する調査研究の助成研究者:国立西洋美術館学芸課研究員馬渕明子研究報風景画という分野は,独立したものとしては他の絵画分野と比べてきわめて新しく,およそ17世紀にその誕生をみた。そしてその変遷は,理想的(古典主義的),ロマン主義的,写実主義的と移って印象派の時代を迎えたと見られている。しかしこの分類は,に絵画全般の様式にのっとって行なわれ,そのほんの一支流にすぎない風景画史の変遷を考える上で,必ずしも妥当でない部分がある。例えば「ロマン主義」といったばあい,人物画においては主題の選択が多分にその作品の性質を決定するが,風景画の場合は人物画に比べて主題性に乏しいので,人物画ほどにロマン主義の特徴を明確にはそなえていない。また写実主義風景画といっても,人間生活の美醜をとりまぜて描こうとする大胆なマニフェストを持つ人物画からすれば,前の時代との断絶は比較的少ない。写実主義風景画は,見たものをありのままに描こうとするものであると理解されてきたし,またその通りなのだが,今日まで「では何をどのように見たのか」についての考察はきわめて少なかった。すなわち,写実主義風景画のばあい,画家は目につくものをゆきあたりばったりに描いたわけではなく,彼らが風景の構図として完成していると思うもの,その構図の中に風景のエッセンスが感じられるもの,それが図像として成熟しているために,一点の作品の中に十分に伝統を感じさせるものを,意識的にせよ無意識的にせよ選んでいた。もちろん,伝統を打ち破るような斬新な表現も出た。しかしとくにバルビゾン派と呼ばれるグループの作品は,そのモティーフの扱いにおいて,17世紀のオランダ風景画にきわめて類似している。地形・気象,風俗の異なるオランダとフランスの,しかも2世紀をへだてた二つの絵画様式が,モティーフにおいて似通っているというのは奇妙なことである。もちろん,この類似は偶然によるものではなくて,19世紀のフランスが17世紀のオランダを模倣したのであるが,その模倣のしかたが,一般に模倣,あるいは影騨といわれる意識的なレベルのものとはいささか異なる。-37

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