鹿島美術研究 年報第1号
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う推論を行っている。推論は主に図像的観点からなされており,ローマやアッシージの作品に比しての顕著な類似性,両作品に比しては表現が劣ることを認める点などでは,全員の意見はほぼ一致している。ただ,その劣性をいかに理由づけるかによって,皆の意見は異なってくるわけである。ファン・マールは,このヴェスコヴィオの聖堂の作品は,当時その周辺地区に地方画家は存在しなかったであろうから地方画家の作とは認め難く,つまりローマの画家の手になることは明らかであるという考えに立ち,さらにその上で,その画家がカヴァリーニの仕事を知っていたのだったとしたら,さらによりよくカヴァリーニの仕事や技法を身につけていたにちがいないと推論する。しかるに,その画法,とりわけ彩色法はコントラストが著るしくて,それは明らかにカヴァリーニ以前のものであるという。また,イサクが横たわる寝台は,アッシージのそれが近代的であるのに比して,ヴェスコヴィオのそれは旧式のままであって,もしもこの画家がカヴァリーニのその絵を知っていたなら,このような寝台は描かなかったにちがいないとファン・マールは考える。して明らかなそのプリミティヴな性格を,美術史的にどう判定すべきなのか。つまり表現力の劣る地方的性格ととるべきなのか,能力の劣る後継者の模倣的性質による弱さととるべきなのか,あるいは,ファン・マールの言うように,時代的に先行するプリミティヴィティととるべきなのか。この点に関し,かつてファン・マールにより指摘されたけれども,これまでにとくに詳しくは論じられたことのない技法的内容について検討を加え,それにより新たな寄与をなしたいというのがこの研究のねらいであった。調査すべきローマの壁画がまだ残されているので,最終的結論を下すにはいたっていないが,これまでに多数収集してあるアッシージの壁画についての資料に,今回収集を得たヴェスコヴィオのそれを比較した結果,判明したことには次のことがある。つまり,ヴェスコヴィオの壁画は,きわめて広い面積の漆喰の上に,したがって粗いタッチで,主にセッコの技法で描かれており,技法的には,アッシージのそれに比較するとプリミティヴな性格がきわめて著るしく,したがって図像的類縁性とそれとの間の乖離は,様式に注目したばあいより以上にいっそう重要な問題として浮かび上がり,そのために制作年を余り下方に引き延ばすことは困難であるにちがいないということである。-64

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