鹿島美術研究 年報第1号
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せんずい⑫ 鎌倉時代絵画における風景表現の研究研究者:東京国立博物館研究員千野香織研究報この研究は,鎌倉時代のいわゆる「やまと絵系絵画」を考察の対象としている。しかし,従来のように絵巻,仏画,垂逃画などと細かくジャンルわけをせず,それら全体を風景表現という一つの切り口から眺めることによって,鎌倉時代の絵画史を巨視的にとらえ,その大きな流れを把握しようとする意図に基いている。当初,この研究は2年間で成果をまとめる予定であったが,昭和58年10月,国際交流美術史研究会のされたことに伴い,研究計画を一部変更,また縮小した。すなわち,同年10月までに一応の成果をまとめ,その後ほぼ半年の間にこれを修正することにしたのである。研究の内容も,風景表現の中から特に山の表現に焦点をしぼって考えてみることとした。以下は,シンポジウムにおける報告をもとに,その後の考察を加えたものである。鎌倉時代絵画の風景表現の中から,ここでは特に,山の描法について考えてゆく。その際まず確認しておかねばならないのは,「山水」が絵画の最も重要なテーマとなった中国の場合と異り,日本では,鎌倉時代においてもなお,山や水は画面の主役を演ずるものではなく,人々の営みや季節の景物を描き込むための場,いわば舞台として画面の中に存在していたということである。1,200年前後に制作された神護寺蔵「山水屏風」は,このような舞台としての山水のあり方を最もよく示す作品といえる。ここでは,なだらかな山野のひろがりの中に,趣深い情景が点々とちりばめられているのである。次に,様々な山の描法の中から,特色ある二つの描法について見てみよう。その第ーは,輪郭線(稜線)と平行状の線を年輪のように重ね,あるいはぼかしを加えつつ色の層を重ねて山を表現するやり方である。前記「山水屏風」をはじめ,仏画では13世紀前半の禅林寺蔵「山越阿弥陀図」,絵巻では14世紀前半の「石山寺縁起絵巻」,絵図類では1234年の「出雲神社社領膀示絵図」など,こうした描法はかなりの数の作品に共通してみられる。これは,かつて考察したように(1),中国から伝わった描法の変形(日本化というべきか)とみてよいであろう。唐時代においては山々が前後に重なっているという表現であったものが,次第にその意味から離れて山を表現する時の慣習的な描法となり,あるいはむしろ意識的に,美しい色の帯で山を彩る方法として用い第2回国際シンポジウムにおいて「鎌倉時代の山水表現」と題する報告を行なうよう67-

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