ラクナウでは,折から開催されていた「国際クシャーン学会」を記念する「クシャーン美術展」を見学する機会を得た。グプタ時代の彫刻には,マトウラーのクシャーン時代における造像様式がその祖型として大きな位置を占めるとみられており,それを実証する上でこの企画は有益なものであった。また,州立博物館館長R.C.シャルマ博士は,最近『マトゥラーの仏教美術』と題した研究書を上梓され,グプタ様式成立に寄与したマトゥラーでの造像活動を高く評価されているが,今回同博士との会見に恵まれる機会があり,その意見を直接伺うことが出来たのは幸甚であった。またアラハバードでは同市立博物館蔵のグプタ期の彫刻類及びアラハバード大学の所蔵するカウシャンビィー遺跡からの出土品を含めこれまで未調査であった部分を埋めることが出来た。今回の主要調査目的地のひとつであったマトゥラーでは同博物館所蔵の膨大なコレクションの中でも特にポスト・クシャーン期から盛期グプタ時代までの作品を中心に写真撮影や実測を伴う細かい調査を行った。更に近年ゴーヴィンドナガルから発堀された紀年銘のある仏立像は,この地方での盛期グプタ様式の成立時期を明確にする基準作と成り得べき遺例として注目され,今回も主要な調査対象となった。グワリアル博物館に保存されている東マールワー地方出土の石彫類を再調査出来たことも今回の旅行で成し得た大きな成果のひとつである。同館蔵のグプタ時代の彫刻はパワヤ,ベースナガルなどマトゥラーとは異なる東マールワー様式の彫刻製作中心地と考えられる地域からの遺例が多く本研究のためには欠かせぬ資料となった。有名な仏教遺跡であるサーンチーを拠点に行った実地調査では,今まで未踏査であったバド・パタリ,ェーラン,デーオーガルなどの諸遺構を実見することが出来た。これらはグプタ期を代表する重要なヒンドゥー遺跡で,いずれもグプタ後期に属するが,東マールワー地方において仏教美術に続き台頭したヒンドゥー美術が独自な展開を示す過程を知る上で不可決な示唆を与えてくれた。特にデーオーガルのダシャーヴァターラ寺を飾る浮彫は6世紀初頭に位置づけられるものの,完成された仏像様式に較べると未だヒンドゥー美術が熟成の過程にあったことを示す遺例であり,今回これを実地に調査・写真撮影出来たことは本研究を遂行する上において極めて大きな材料を提供してくれた。一方,ヴィディシャー博物館に保存されているドゥルジャンプラー出土の三体のジナ像は,4世紀第3四半世紀に属する銘文を伴い,この地方における初期グプタ様式_103-
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