起伏の激しい曲線として把える感覚など,他の女性肖像画には殆ど認められない。甲図の特異性は顔貌表現に於いても認められ,下膨れの顔形豊かな唇,鼻梁の曲線の強調,笑っているかのような目元等,独特の表情を示し,数多くの近世風俗画に認められる豊頬美人の範疇に属し,決して肖像主その人の個性を写した描写ではない。以上のような細部から導き出される画面の特徴は,一つにはエネルギッシュで過剰なまでの装飾意欲であろう。曲線に固執する形態感覚・髪や手の指先・文様の細部にこだわるマニアックなまでの粘着力は,結果的に追慕像の形式には相応しからぬ,或る種の淫蕩な気分すら醸成している。そしてこのような粘着質の表現や文様の一致,顔貌の酷似等から想起されるのが,現在徳川黎明会に所蔵され<相応寺屏風>と通称される八曲一双の遊楽図屏風である。(相応寺屏風だけではなく,17世紀前半と看倣される一連の風俗図障屏に近似するが,特に相応寺屏風との一致点は特筆される。)<相応寺屏風>は邸内遊楽図と呼ばれている一群の図様に分類される。非現実的にまで立派な楼閣の内外で,この世のあらゆる楽しみに興じる人々の姿が描かれ,後の浮世絵遊里図の原型となった図様である。<相応寺屏風>の作期は寛永年間と目され,この種の邸内遊楽図屏風の中でも,最も優れた作風を示している。<相応寺屏風>と他の邸内遊楽図との比較上特記すべきことは,前者が細部への執拗なこだわりを持ち,かつその細密描写のテクニックが高度であるということであろう。例えば画中画(風俗画では屏風や障子絵衝立絵など画中画が頻繁に描かれている),本図のように一図中に数多くの画中画が認められる例は珍しく,その画中画を様々の画態で描き分ける(襖・杉戸・屏風・掛幅等の形態に水墨あり着彩ありで,花鳥・山水・道釈人物等の画題が認められる)ことを可能とした,この画家の能力は注目に値する。正統的な画法・題をも,また所謂町絵師的な画法・主題をも同時に画中画に於いてこなし得る画家の出自,流派とは如何なる処に見出せるのであろう。この画家は,そうした自己の能力を誇示するかのように,邸内の壁面を埋め尽くし過剰なまでの室内装飾を現出させる。それは処々に置かれた敷物にも同様な指摘が可能で,執拗な装飾意欲と網羅的な画力の誇示は,同種の邸内遊楽図の中でも群を抜いている。他の諸作品では,敷物として描かれているのは殆ど緋毛飩であるが,ここでは唐草や唐花・湧雲といった文様を如何にも毛飩(緞通)らしい質感を出しながら描出している。このような敷物への執着は,この画家が何らかの経緯でこうした到来物の緞通に通暁していたか或いは並々ならぬ興味を抱いていたことを窺わせ,それはまた,大和文華館の女性像(甲図)の敷130-
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