鹿島美術研究 年報第2号
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フォクシング生物制御因子が存在しているのではないかと考えた。この微生物制御因子が解明できれば,発掘後の古墳石室の保存対策のみならず,多湿(95■100%RH) な環境にある美術品の保存に寄与し得ることが期待される。幸に,明治大学の大塚初重教授らが昭和47年8月に虎塚古墳(茨城県勝田市)の学術調査を行う際に,未発掘古墳の保存科学的調査を実施する機会を得た。筆者らの共同研究者の1人見城敏子博士(東京国立文化財研究所保存科学部物理研究室長)が,未発掘古墳の内部空気のガス質量分析を行って,大気中には認められない成分の存在を発見し,これを低級アミン類と推定した。筆者は,これを受けて14種の低級アミン類について,19種の微生物に対する防菌防徽効果を比較検討した結果,きわめて低濃度で微生物の生育を阻害する事実が判明し,上述の実験結果を報告した。2)絵画等の褐色斑点に関する調査筆者は,近年絵画・書籍等紙質文化財の褐色斑点(foxing)部位に選択的にカビを発生させることに成功した。これによって,種々論議されてきたfoxing形成要因の1つを解明する糸口をつかむことができた。しかしながら,わが国ではfoxingへの関心がきわめて低く研究も見当らない。むしろ欧米で関心が高いと言わざずを得ない。筆者は,foxingから25株のカビを分離して同定中であるが,絶対好桐性のコウジカビか圧倒的に多いという知見を得ている。これらのカビの生成する有機酸を分析してfoxingの形成機構の研究並びにfoxingの修復方法の研究も並行して進めている。これらの研究途上で,いくつかの疑問点があるので,米国の紙質文化財保存修復家と意見を交換した。すなわち,ワシントン特別市の議会図書館,国立美術館,スミソニアン博物館支援センターの保存科学部,ニューヨークの現代美術館及びコロンビア大学のバトラー図書館を訪れた。また,第6回国際生物劣化シンポジウムで,イギリスのカビの研究者とfoxingから分離した絶対好桐性のカビについて意見を交換した。そして,彼等が私のfoxingの研究に強い関心を示してくれたのには,驚きと同時に嬉しさが錯綜した。今回の海外研修によって,foxingの研究が美術品の保存と修復に貢献できると確信できたのは,何ものにも代えられぬ収穫であった。さらに,筆者等が開発した2軸延伸ビニロンフィルムと見城氏の開発した調湿紙の文化財保存への応用には,訪れた各研究機関が高い関心を示し,そのア-181-

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