鹿島美術研究 年報第2号
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(2) 16世紀ネーデルランド版画の研究「16世紀ネーデルランド版画の研究」は,今後日本の美術館において,この時期の研究者:佐賀大学教育学部講師神原正明調査研究の目的:作品が積極的に収集されるであろうことを前提として開始される。これらの作品は,現在市場価値が決して高いわけではない。しかし,それは作品の質に比例してのことではない。当時のネーデルランドはアントワープやハーレムを中心に,版画芸術の最盛期であるし,エングレーヴィングの技法も成熟し最高点に達していた。ここで研究の対象となるのは,単に版画家の個別研究にとどまらず,当時出版という事業によって拡大されてゆくコミュニケーションも含まれ,やがてこうしたネーデルランド版画の一部が日本にももたらされた。ヨーロッパの南北だけでなく,広く世界の文化交流にこの期のネーデルランド版画が果した役割は大きい。それは版画というメディアが持っている影開力の振幅の広さからであろう。名作とも言えない何でもない一枚の版画が,海を渡ることによって異国に与える刺激の大きさは測り知れないものがある。この一枚の版画にこめられた様々な想いが,この研究が求める窮極的な目的となろう。それは,この中に,版画という技法的伝統と,その下絵を描き彫版をした者の個性と,それを出版した者の思惑と,それを異国に伝えた者の使命が,様々に入り混って一つの現象として存在しているからである。研究報福井県立美術館では,昭和55年度より主にサザビーのオークションを通じて16世紀ネーデルランド版画を購入してきた。この時期の版画については,プリューゲル,ルーカス・ファン・レイデンを除いては,ほとんど日本には紹介されていないというのが現状であり,作品の所蔵家も少ないし,それを扱う画商も少なければ,それを見る機会も少ないというのが,今までの実情であった。そうした中で1981年に西洋美術館で開かれたウィーン・アルベルティーナ所蔵の「ヨーロッパ版画名作展」などは,版画というものの全体を啓蒙的に伝えたのみならず,この時期の逸品を決して多数ではないが,含んでいたことは,意義深いことであった。この時期の版画がそれまでに日本に全く紹介されなかったわけではない。1972年鎌倉と京都で開かれた「ブリューゲル版画展」は,多くの鑑賞者に当時の版画の見方というものを教えたし,さかのぼれば桃山から江戸にかけてこの時期の作品が,宗教的55

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