鹿島美術研究 年報第2号
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(5) 雪村周継の研究熱とその情熱を実現に向わせる意志と疲れを知らぬ戦いのエネルギーとを兼ね備えた本質的にロマン主義の時代の英雄であった。ナポレオンと美術との関係の二元性の秒密は恐らくここに見出されるであろう。ナポレオンが自らを擬していたロマンティックな英雄の姿は,現実の尊重と理性的判断という18世紀的な新古典主義芸術を生んだ精神風土に倦きた若い芸術家たちの心をひきつけるのに十分であった。だがそれでいながらナポレオンは,皇帝位につくことによって,現実となった英雄としての彼の存を永続的な制度として定着させるために,また人々の心に英雄ナポレオンのイメージを確実に植えつけるために,絶対君主としての己れの肖像を制作させ,威圧的な帝政様式の成立を庇護し,各国の美術品の収奪を命じ,つまり一言でいえば新古典主義時代が養い育ててきた芸術観の延長上にパトロンとしての自分を位置づけなければならなかったのである。以上のように,ナポレオン関係美術が様々な局面において,フランス新古典主義からロマン主義への移行期の触媒としての役割を果してきたことを概観した訳であるが,今回の報告は,具体的な美術作品としては,ダヴィッド,グロの二人の画家の作品にしか言及できなかった。しかし,研究は今後も継続する予定であり,いずれは,フランス19世紀官展派の画家によるナポレオン像,またスペインにおけるゴヤ,英国におけるプレイクやターナーなど,いわばナポレオン戦争の被侵略国や,ナポレオン支配下のフランスに敵対していた国々で,ナポレオンがもたらした精神的状況において制作された美術に対しても,視野を拡げてゆきたいと思う。研究者:帥大和文華館学芸課長調査研究の目的:本調査研究の目的は,戦国時代の水墨画家雪村周継の作品総目録を作成することにある。今回は,とくに,雪村の前期の活躍地である茨城(常陸太田市,瓜連市,笠間市,水戸市),中期の福島会津地方(会津若松市,本郷町,喜多方町),後期の三春町に,雪村画の新資料の発掘につとめた。また,現在しられている,いわゆる「雪村画」の中から,雪村の確実な作品を選び出し,(再調査)作品の編年をこころみた。また,雪村の独得な水墨描法「具引き法」(本紙の下地に白い胡粉を塗り,墨の濃淡に林進-68-

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