鹿島美術研究 年報第3号
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(2) 15世紀プロヴァンス絵画の図像学研究15世紀プロヴァンス絵画の研究は,これまでのところ,同時代の史料を基礎とする研究者:弘前大学人文学部講師西野調査研究の目的:古文書学的視点,及び画家のく手〉の比較分析を中心とする様式論的視点の両面から,もっぱら作品の比定を中心に進められてきた。もちろんこれは美術史の基礎作業として重要であるが,現在見出し得る作品並びに文書類が一応出揃った今日,プロヴァンス絵画自体の内在的な問題のみならず,南欧と北欧,あるいは汎地中海的文化圏という観点から,それと他の地域との芸術交流の問題にも広く目を向ける時がきているのではないか。プロヴァンス絵画の図像学についての研究は,まさしくこうした課程に応え得るものであって,この問題について,(l)図像の源泉(2)借用と統合の過程(3)後代への影聾以上3点の解明を通して再検討しようとするのが,本調査研究の目的である。研究報告:今日ルーヴル美術館に収蔵されている15世紀プロヴァンス派の祭壇画『グレゴリウスのミサのキリストと三位一体』,通称プルボンの祭壇画は,<エクスの画家〉の流れを汲む逸名画家によって1457年頃に制作されたものと一般に考えられているが,正確な出自,寄進者,文学的典拠など細かな点がまった<謎に包まれたままであった。しかし今回の調査研究によって,その文学的典拠がヨハネ福音書並びに旧約のゼカリヤ書のテキストにあり,またその寄進者がアヴィニョンの聖アグリコール教会の参事会に属していた礼拝堂付司祭ジャン・ド・モンタニャックであること,すなわちヴィルヌーヴ・レザヴィニョンにある有名な『聖母戴冠』の寄進者と同一人であることが判名した。1.文学的典拠について画面中央には復活したキリストが立っており,右側には受難の刑具が一揃い描かれている。周知の通り,キリストの受難伝は四福音書のすべてにおいて語られているが,画中に見られる刑具すべてに言及しているのはヨハネをおいて他にない。そのことを端的に示しているのは,十字架の太い横梁の上に見えている奇妙な手である。受難の刑具の一つとしてのく手〉は,ヨハネ福音書の中で二度にわたって繰り返される「平手でイエスを打ち続けた」(18章22節と19章3節)に基づくものであり,他の三つの福音書にはく手〉に関する記述が欠けているからである。-85 -

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