鹿島美術研究 年報第3号
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2.寄進者について個々のモティーフとテキストとの呼応が判明したことで,絵全体の神学的な構想が明らかになる。すなわち,画面右半分は,受難の刑具によって喚起される<死〉の位相であり,中央の贖罪者キリストを境にして,左側は救済されたく生〉の位相である。左側から照る強い光は,寄進者のいる<生〉の世界に神の恩寵が満ちていることの証であろう。またキリストの出現する中心的な画面と,左側の風景との間には,旧約ゼカリヤ書の預言と,その成就のタイポロジカルな関係が示されているのである。司祭ジャン・ド・モンタニャックが,1453年画家アンゲラン・カルトンに注文して描かせた『聖母戴冠』の三位一体図像が,1439年にフィレンツェ公会議の名で発布された「ギリシア人合同の大勅書」の内容を反映していることは,かねてより指摘されてきた。大勅書は,聖霊の発出について,「聖霊は永遠に父と子からであり,その本質及びその実体は,同時に父と子からであり,両者から,あたかも単一の根源から,ひとつの息吹によって,永遠の昔に派出した」と記している。ブルボン祭壇画の三位一体図像もまたこの文言に逐一呼応しており,『聖母戴冠』との親縁性がたしかに認められるのである。一方,モンタニャックは,1449年の遺言の中で,聖アグリコール教会の主祭壇の裏に三位一体を祀る祭壇を築かせたと書いており,そしてさらに,自分の属す参事会に対し,自分の死後,毎年三位一体の音楽にあわせてミサをおこなう費用として30フロリンを,また三位一体の典礼を自分の築いた祭壇でおこなう永代供養費として70フローリンをそれぞれ寄進し,さらに魂をいやすためくグレゴリウスのミサ〉30回を希望している。ブルボン祭壇画は,言うまでもなく聖グレゴリウスのミサの最中に起ったとされる,キリストの奇蹟の出現に図像の基礎をおいている。モンタニャックが聖グレゴリウスの唱えた贖宥論に深く共鳴していたことは,上記の遺言からも明らかであり,事実,彼が注文して描かせた『聖母戴冠』には,この聖人が3度登場するのである。モンタニャックがこの聖人教皇を,聖アグリコールと一緒に聖証者の列に描き込むことを,わざわざ祭壇画の請負契約書で明記していることもとくに注目される。さらにまたローマの街に描かれているエルサレム聖十字教会の中では,実際に聖グレゴリウスの奇蹟のミサが執り行なわれており,聖グレゴリウスや聖ユーグにまじってその中に,なんとモンタニャック自身の小さな姿まで認めることができるのである。こうした経緯-87 -

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