鹿島美術研究 年報第3号
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(A) 「トリールの黙示録(トリール市立図書館cod.31)」挿絵との比較によって明らかになった点「トリールの黙示録」挿絵は全体で74,「バンベルクの黙示録」挿絵は50(49)を数える。比較の対象として何らかの形で参照できた前者の挿絵は19場面にすぎないが,以下の事が明らかになった。「トリール本」の場合にはテキストの記述の時間的継起が図像モティフの空間的継起に置き換えられ,説明的な図像モティフが順次配列されている。テキストページとは独立し,枠取られた縦長の単独空間は,一つの統一されるべき空間とは見倣されておらず,図像モティフはそれぞれ互いに並置の関係にある。こうしたところにも,テキストの行間に説話的に挿絵を描く,古典古代末期の作品のコピーと見倣される理由の一端が窺えるが,そのために挿絵と向かい合う場合,テキストの文字に重ねて図像モティフを順に捨い上げていくという作業が必要になる。これに対して「バンベルクの黙示録」の場合には縦長の挿絵空間が一画面として統一されるべき空間と見倣され始めている。テーマが際立つよう図像モティフが配置され,色彩や構図も含めてコントラストということに絶えず注意が払われている。ところで枠を持つ縦長空間を一つの空間として捉え直すこと,このことは10世紀後半前後における挿絵画家にとっての一課題であったらしい。機能的な意味から枠に対する概念の変化が起こり,実際には,説話場面に適用されていたような横長空間を積み上げて縦長矩形の全員大挿絵とする空間処理法からの転換が迫られたわけである。そこで10世紀後半に制作されたと見倣されている「オットーIII世の福音書」の場合との比較を試みた。(B) 「オットーIII世の福音書(ミュンヘンバイエルン国立図書館clm4453)この写本挿絵には「バンベルクの黙示録」同様,上下二段に分割されてはいるが同時に統一画面としての概念が適用されているという縦長矩形の画面が含まれており,フリーズ重層型の挿絵では見られなかった垂直方向への図像モティフの指向性が現われている。Vに描かれた「幼児虐殺」の場面で,殺害された赤ん坊が上段から下段へ投げ落とされている。「バンベルクの黙示録」挿絵ではfol.39V,40V, 47V, 49Vに認められ,fol.御使い(Apoc.16の1-)」から「第6の御使い(Apoc.16の12-)」まで描かれている。fol.49Vの場合にも同一画面に「獣の捕縛(Apoc.19の20)」と「地の王の殺害(Apoc.(1)上段から下段への指向性が見られる例:「オットーIII世の福音書」挿絵ではfol.3039Vと40Vの場合には,それぞれ上下一対で3主頭ずつ「苦しみの鉢を傾ける第一の-90 -

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