鹿島美術研究 年報第3号
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面的な様相を示す転換期の絵画の一観点を確立する狙いである。研究報告:今回の調査研究では,北宋末南宋初及び宋代全般を通じての重要な作品の実査・検証が主目的であった。故宮博物院の蔵品展観は,通常かなりの困難を伴うが,今般鹿島美術財団の助成により,相当数の優品を実見することが可能となった。その内容は宋以前の絵画51点,元以降の絵画99点の150点に及ぶ。特に関同,苑寛,郭煕の名品,馬・夏院体山水の優品等,李唐画以外の著名な作品群にも接する機会を得て,多くの知見をうることができた。これらの調査は個別作品ごとの基本データの収集であって,なおかつその内容は非常に多岐にわたるものである。従って,現時点においては今回の調査全般にわたる総合的な成果を導きだすことはやや困難だといえる。今回の報告においては,李唐とその関連作家を中心に視点を定め,宋代山水画史の一側面を探る座標を,試論の形で提示することにする。北宋末の山水画壇は,様々な流派・作品が現われた複雑な状況を呈していたと考えられている。つまり郭煕の大観的な様式の山水が,本格的な後継者をもたずに崩壊し,以後王読,趙令穣,米友仁,李唐等の種々の画風がそれぞれの個性を発揮していたと思われる。筆者はこれら様々な画風の考察の一端として,宣和四年(1122)の款記をもつ「送祁玄明使秦図」をとりあげ,特殊な画面構成と景物表現における過渡的性格を検討した。(胡舜臣筆「送祁玄明使秦図」について,『研究紀要』1986年,京都大学文学部美学美術史学研究室編)しかしながら,南宋院体画の成立に大きく貢献し,後世に多大な影聾を及ぼしたとされる李唐の画風解明なくして,この時代の山水画を語ることはできない。このような情勢より,李唐画のもつ特質と宋代絵画のもつ特質を検討した結果,間表現と質感表現という二つの座標軸を設定すれば,宋代絵画の特質が端的に捉えられるのではないかという仮説に至った。それはこの二つの指標の組み合わせによって表現される特色が,何らかの時代的特性をもつのではないかということである。北宋を代表する山水画として苑寛筆「硲山行旅図」,郭煕筆「早春図」(いずれも台北故宮博物院蔵)を挙げることに異論の出るむきは少ないであろう。これら二点の作品のもつ特質は,そのまま北宋の山水画一般の性質を代表するものと考えて大過ないと思われる。すなわち,画面に大きく主山を配し,様々な景観を散りばめるように描いた大観的な様式をもつこと,客観的な自然観照にもとづく合理的な描写が主体とな-113-

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