っていること,更に自然の中の人物が叙事的に描かれていること,などがそれである。このような特色は,画面形式の差,地方差,時代差等によって種々のヴァリエーションを生みながらも,北宋一代を通貫する一般性をもつものと思われる。ところが南宋に入るとこのような大観的な画風は衰退し,馬遠・夏珪を代表とする院体山水画が画壇の主流となってくる。それは,主景物を画面の一隅に片寄せて構成する,いわゆる「辺角の景」という言葉に代表される様式をもつものである。北宋画に北較して画面形式そのものが大きく転換するものであるが,その変化は描写景物に対する視点の接近,それに伴う景物の拡大描写,自然景の一部をトリミングした構成,画面内での人物のもつ比重の増加,余白として表現される空間の増大,等である。このような様式をもつ作品の例としては,「秋景冬景山水図」(金地院蔵),「夏景山水図」(久遠寺蔵),夏珪筆「山水図」(東京国立博物館本系列の一群の山水図を含む)などがあげられる。これら両宋の山水画の画風上の大きな違いは,1126年の「靖康の変」という社会的動乱によるところが甚大なのは勿論である。ただそれが美術史上においてどのような変化を引き起こして画風の急転をもたらしたのか,という様式変化のメカニズムがよく分かっていないのである。この変転の時期を生き,北宋の様式を南宋に伝え,院体画形成に最も功があったとされるのが李唐である。李唐の代表作品は,「万堅松風図」,「江山小景図巻」(いずれも台北故宮博物院蔵),「採薇図巻」(北京故宮博物院本,藤井有郡館本等がある),「山水図」(高桐院蔵),及び参考作品として「奇峯万木図」(台北故宮博物院蔵)等が考えられている。しかしこの内(万堅松風図」と高桐院本「山水図」の二図は,様式落差が激しく各論入り乱れており,李唐画についてはいまだに定説をみないままの状態である。ところで今回の調査で得られた「万堅松風図」の特色を列記して見ると,岩や樹幹の表現がかなり触覚的であること,更に山々の岩肌はその形態や質感を力強く,殊に明確に描写されていること,霞や霧の表現はなく,形のはっきりした雲が描かれていること,微妙な奥行を示す墨の諧調はなく,景物の配置のみで奥行感を出しており,一種特殊な緊張感をもった奥行表現となっていることなどが挙げられる。そして苑寛・郭煕の作と比較して見れば,更に,視点と景物との接近,その結果描かれる画面内の三次元空間の縮小,微妙な墨調の減少等の特色が付加される。これらの特色は,一見して別の画家の手になるように思える高桐院本の画風と,その本質的性格においてそ-114-
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