鹿島美術研究 年報第3号
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ている。こうした二種の表現形式を伴って繰返し4■6世紀の教会堂壁画に描かれた「自然」は,何を意図したものであるろうか。我々のアプシス・プログラム論の本質的問題はここにある。まず自然主義的描写の牧歌的風景の中に配された人像のキリスト像がアプシス・プログラムの中心である。象徴的キリスト像(神の小羊,モノグラム等)を中心に,その周辺に描かれた「概念化された自然」は,弯窪天井や円蓋壁面のためのものである。こうした二種のキリスト像ないしは自然描写は,互にどのような対応関係にあるのか。ここから再び,今日まで度々論議されて来たアプシス図のキリスト像における「終末論」的意図の問題に立ち帰る。アプシス図の根本的主題は「テオファネイア・ヴィジョン」である。そして度々論議の対称となったのが,このキリスト顕現像のうちにある終末論の「時」の概念,つまり最後の審判を自ずと暗示する「未来」の終末論か,キリストの死と復活を通して既にいったん実現された「現存的」終末論かの問題である。自然描写に関して言えば,「天上の楽園」か,「教会(エクレシア)のうちに既存する地上の楽園」かの問題となる。背景たる自然描写に地誌的機能と象徴的機能との両面があるとすれば,アプシス・プログラムの「時の概念」の問題も,キリストや聖者たち,神の小羊や羊たちの行列に伴う風景描写をもとに追及可能ではなかろうか。このいわゆる牧歌的情景については,石棺浮彫やカタコンベ壁画という当時の葬礼美術の一大図像レパートリーを考慮に入れざるを得ない。しかも3■ 4世紀の石棺浮彫における「羊飼い」モチーフの周辺には,ローマ異教美術からキリスト教美術へと,葬礼図像の転用の過程を辿ることがある程度可能である。そして我々にとって重要なことは,4世紀のアプシス・プログラムの起源は確実に殉教者記念会堂の壁画にあり,従ってアプシス図像の葬礼的要求について考えざるを得ないことである。ローマのコンスタンティナ廟堂(360年頃)とラヴェンナのガッラ・プラチディア廟ンナの「善き羊飼い」のリュネットは堂内図像配置上の点からも重要な資料となる。そこにある牧歌的自然は,キリスト教徒の理想的風景で,キリストのうちに実現された地上の楽園たる教会(エクレシア)そのものの表現といえる。コンスタンティナ廟堂の周歩廊天井に描かれた動植物モチーフの装飾的表現は,いわゆる我々の「概念化(440年頃)という,葬礼用会堂壁画の4■ 5世紀の貴重な作例がある。特にラヴェ-139-

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