潟血についても,女性の手による吸い取り玉療法に取材した一部の作品一これは別の範疇に入るものである一を除いては,あまりとりあげられていない。こうした画題の選択には,観者に恐怖や不快感を与える凄惨な光景を風俗画に相応しくないものとする暗黙の理解が反映されていたと考えられる。患者は(a)の(i)(ii)とは異なり,男性,それも粗野で屈強そうな農夫が圧倒的に多く,それにもかかわらず痛みをこらえかねて顔を歪ませていることが多い。医師の姿勢は当然ながら小手術の部位によって異なる。人物構成に関しては,医師と患者の二人だけが描かれることはまず無く,医師の助手や患者の妻をはじめとする第三者が傍観者として登場している。に髭剃りの光景が副次的に描き込まれていることもあるが,髭剃り,もしくは散髪だけを主題にした作例はほとんど見当らない。(c) にせ医者と歯医者当時のオランダでは歯の治療は免許の対象でなかったため,誰がこれを行なっても処罰は受けなかった。風俗画においては外科医や床屋医者が自分の仕事場で抜歯を行なっている光景もしばしば描かれたが,都市や農村のはずれに露店を広げる大道の歯科医や香具師(にせ医者)の抜歯を題材にしたものも多い。これらのうちのかなりの作品において東洋風の大きな傘が露店の上に広げられて屋根の代りをつとめているのは興味深い現象である。医師は喜劇・笑劇における医師のそれに類似した古風な衣裳をまとい,椅子に腰かけた患者の口に器具を突っ込んでいるが,その姿勢や患者に対する位置関係は多様である。患者は男であることが多く,両手を椅に縛りつけられていることがよくある。周囲をとり囲む見物人は変化に富んでおり,敬虔そうな老婦人や無邪気な子供などにまじって,他人の財布や手籠の中の卵を盗むスリがいることもある。香具師(にせ医者)が「万能薬」を村人たちに売りつけるべく効能を述べている場面も,舞台設定,主人公の服装,見物人の構成など多くの点で,大道での抜歯光景に類似している。香具師=にせ医者を主人公とした類型的主題としてはこの他「狂気の石の切除」が挙げられる。(2) 寓意的・教訓的意味内容内科医の仕事場を舞台にした作品には多くの場合「人生のはかなさ」(デァニタス)の寓意が秘められており,更にこれに「恋愛のむなしさ」「学問のむなしさ」が加味されていることもある。恋患いや妊娠を扱った往診の場面には若気の過ちについての訓戒がこめられており,にせ医者の薬売りの主題における教訓は「外見や能書き-145-
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