鹿島美術研究 年報第3号
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(3) 描写の信憑性〔2〕音楽家に欺かれてはいけない」というものであったろう。外科医や床屋医者の小手術に関してはこうした教訓的寓意は見出されないが,これらが「五感」のうちの「触覚」の寓意をあらわしたものである可能性は多くの作例において検討してみなければならない。内科医の服装は喜劇・笑劇における登場人物としての医師の服装_これは香具師=にせ医者のそれに倣ったもの_を継承したものであって,同時代の現実の内科医の服装とは全く異なっている。外科医や床屋医者の服装や仕事場の描写が事実に則したものか否かは即断できない。一般に農民生活を扱った作品については文献史料の欠如もあって信憑性の検討は困難なのである。香具師=にせ医者や歯医者につきものの東洋風日傘が現実にもこのように用いられたか否か,歯医者の様々な姿勢が当時の抜歯法の多様性を反映したものか否かなどの検討とともに今後の課題としたい。(1) 諸類型れに比べると相当に低い。一方,楽器が描き込まれた風俗画の数は無限と言ってよいほどに多い。ここでは奏楽が中心的主題となっているような作品だけを考察の対象にし,それを便宜上次のように分類してみたい。(a)家族の合奏,(b)娼家での合奏,(c)恋人たちの合奏,(d)音楽のレッスン(a) 家族の合奏家族のメンバー全員が広間に集って唄を含む奏楽に興じる場面。数は多くないがー類型をなす。しかしこれらの多くは家族の調和と団結という寓意を秘めた集団肖像画であって,厳密には風俗画の分野には属さない。この変型として新たに人生の門出に立つ二人の婚約者の肖像を奏楽する人物の一群とともに描いたものがある。これも同じく夫婦の和合の教訓を表したもので,肖像画でありながら風俗画に極めて近い位置を占めている。これらにおいては,弾かれている楽器が専ら弦楽器であるが,これは単音しか奏せない管楽器よりも,それ自身で和音を奏でられる弦楽器の方が調和(ハーモニー)の寓意を表すのに適当であったためと考えられる。17世紀オランダ風俗画に音楽家と明確に識別できる人物が登場する率は医師のそ-146-

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