鹿島美術研究 年報第3号
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(3) 描写の信憑性る者か否かは分からない場合が多い。いずれにしても,風俗画の中の音楽家が喜劇の中のそれのように風刺の対象とされた形跡は見られない。(2) 寓意的・教訓的意味内容音楽を扱った風俗画においては愛についての寓意が何らかの形で常に秘められているが,特に音楽家の存在がそのうちの特定のものに結びつけられていたと考えられるような証拠は無い。いずれにせよ,職業的な音楽家については同定の基準が乏しいため,今後の研究を待たねばならぬ点が多い。個々の楽器の形状については,現存する古楽器との比較から非常に正確と認められるものから,明らかに細部の描写が不正確なものまでさまざまである。楽器の奏法についても,今日通常用いられている当時の古楽器の奏法としては,ヴィオラ・ダ・ガンバやバロック・チェロを弾く際に奏者が楽器を両膝ではさまず,低い木製の台座にのせたり,底部を直接床の上に置いている描写が挙げられる。実際の古楽器演奏家の見解によれば,難曲を弾く際には楽器を膝ではさんで安定させなければ無理だとのことであるが,合奏で通奏低音を担当する際であれば,安直な方法だとはいえ,低い台座を下に置けば充分演奏が可能だったのではあるまいか。床に直接楽器を置く方法では演奏は一層困難であるが,これも多くの作品に描かれている以上,平易な通奏低音演奏の際には,往々にして実行されていた可能性を認めぬ訳にはゆかない。リュートの描写が中・上流家庭や娼家に限られ,一方ヴァイオリンがら農村の居酒屋に描かれたのは,おそらく実状に合致していると考えられるが一ヴァイオリンの拾頭とこの楽器のための本格的楽曲の登場は17世紀末期である_ヴァイオリンの演奏者がことごとく男性であるのが実状に即したことか否かは現段階では不明である。合奏の場面にほとんど描かれなかった当時の代表的な楽器としては縦笛・横笛が挙げられる。これらが当時の室内楽に不可欠の存在であったこと,これらの楽器を奏する人物を扱った単身風俗画が決してまれでないことを考えると,これは全く不思議な現象であって,まだ筆者にはその理由が特定できない。以上が現時点での研究状況のあらましであるが,医師については一段落がついたとはいえ,音楽家,及び音楽一般をめぐる主題については,漸く文献や写真が揃いつつある段階であって,未だにどう解釈すべきか分からない問題が少なくない。それゆえここに示したのはあくまでも中間報告である。今後も研究を深めるとともに,ここに-148-

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