鹿島美術研究 年報第3号
169/258

それら四面の裏面(内陣側)はすべて絵画の痕跡も判別不可能である。一方,西脇陣(寺伝では貴人席であるという)境四面は,先の例とは逆に,西脇陣側の面はすべて判別不可能,内陣側の面に向って左(南側)より⑤白雁と雲霞と柳,⑥雲霞と柳,⑦飛雁と雲霞と柳,⑧柳等が認められる。⑥の脇陣側の面には天正年間(五年と七年)の墨落書がみられる。絵画様式上からとは全く別途に,建築史の上で,この八面の杉戸引違を江戸時代の本堂修理の際の設置とみる(それ以前は格子戸引違の可能性)説もみうけられるが,天正年間の墨落書等からもその説には疑問が持たれる。さて,東西四面づつ配された現状での配列の順序には,特に①から④の側にそのまま是認しがたい図様構成上の矛盾が感じられるが,裏面に現在図様を認め難いことや,⑤から⑧の図様が連続していることなどから,当初の配列状態を復元する作業は簡単では無く,拙速の誤まりを避けて慎重な考慮がなされるべきと思われる。①の双鶴図は,二羽の重なり合う鶴を描くが,頸を挙げる前方の鶴と,下げる後方の鶴の形態,特に湾曲する頸のカーブの二本の曲線の重なり合いが見事である。上方の青白い霞は細い白縁を有するもので,②へと連続して棚引く。②の松樹は大きな車輪葉を著けた枝を上方の霞の中から下方に伸ばす。下方はところどころ白梅の花が見られその墨の輪郭線は軽やかで柔らかい。③は図様を認め難<,④は地上と空中で相呼び交す二羽の白雁を描く。葦の葉や土破も見られるがその色彩は判別し難い。①と②との連続は上方雲霞により違和感を抱かせないが,③の図様の欠如を考慮しても,①,②と④との連絡は不自然であり,①,②の松梅双鶴図と④の白雁図は同一画面として連続する可能性は必然性を感じさせない。西脇陣境の四面,⑤,⑥,⑦,⑧は,前述のように脇陣側の面はすべて絵画の痕跡すら肉眼では認め難い状態であるが,内陣側は連続した統一ある構図とみられる白雁図を四面でつくりあげている。上方には白い縁取りを持つ白群青の雲霞が連続して描かれ,雲霞の下や切れ間より柔かい葉をつけたしだれ柳が垂れている。⑤の上方をふり仰ぐ白雁は片足を挙げており,⑦の降下してくる飛雁の首は前方に勢いよく突き出されている等,細かい観察眼にもとづいた写実的ともいえる適確な描写を示す。⑥と⑧には鳥の姿は見えず,上方に柳,中央より下方に土域状の剥落痕がみられるのみであるが,現状の配列のままで四面連続の統一感ある図様構成を現出していると見てよいであろう。-151

元のページ  ../index.html#169

このブックを見る