鹿島美術研究 年報第3号
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きとう(16) 獅子表現の源流とその展開に関する研究研究者:京都国立博物館主任研究官伊東史朗調査研究の目的:獅子の表現は,工芸品の意匠などに多く見られるほかに,仏教美術においては,彫刻・絵画に具体的な姿がよく現わされる。意匠の中の獅子と,仏教美術におけるそれとは,決して無関係なものではなく,大陸における流れを含めて歴史的に見た場合,相互に関連のあるものである。本研究は,このような大局的な把握の上に立ちながら,わが国における獅子の表現を,彫刻を中心に見ていこうとするもので,特に狛犬と文殊菩薩の乗る獅子に主眼が置かれる。時代的には,奈良時代から鎌倉時代に及びその方法は,実際の調査によるデータに基づき,獅子表現の様式を奈良風(唐風)・和風・鎌倉風・宋風に分類し,中国・朝鮮半島における様風を考慮に入れながら,それぞれの様相を具体的に探ろうとするものである。研究報告:わが国における最初期の獅子の表現は①玉虫厨子須弥座正面腰板の二獅子◎法隆寺金銅光背形裏面の線刻二獅子◎法隆寺金堂壁画の二獅子に見られる。①は香炉を挟んで,岩座上に躊居するが,鼻先は尖り,四肢は鹿のように細く,さらに前肢の付け根に翼状のものが出るなど,獅子(ライオン)というよりは,中国における魁頭などの空想上の獣の要素が多分に混入している。また左方の(左右は像自身にとってで,向ってではない。以下同様)獅子が上を向くのに対し,右方は後を振り返るという自由なポーズも古様である。同様に◎も奇怪な姿を見せる。①よりもいく分獅子らしくなるが,左右の面相部がかなり異っている点や,尻尾を前へ回して,股の間から出す点などは,中国の石仏などの獅子にも同様の表現が多く,古式を示すものとして注目される。◎は焼失前の不明瞭な写真によっているので充分な資料とはいえないが,@に近い,細身で鹿のような獅子は(10号壁)と,◎のような,太りぎみで,本来の獅子らしくなったもの(1号壁)の両様が窺え,さらに尻尾の出し方も◎に共通している。以上はいずれも白鳳時代の作と考えられるが,その表現は六朝様に基づいている。この式の獅子が,その後のわが国の獅子表現に直接つながりがあるとは考えられない。-155 -

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