鹿島美術研究 年報第3号
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すか89年刊のラテン語版について詳細なノートをとることができたほか,管見の限りでは30頁のパンテオンのものかとみえる戸口の隅の図,31頁(4つの柱頭と2つの柱礎が終った。本年度はこれら資料の分析を進めながら各版を実見し,紙の透し文様,方法等との調査に着手した。こうした作業の中から,従来のDinsmoorの調査等では知られなかった版や,同じ版の中でも数種類の別のものが判明したものがある。先の調査旅行ではケンプリッヂ大学中央図書館での調査が殊に有益であった。ここでは,1588/ここにしか所蔵されていない1561年版イタリア語版別巻についても調査することができた。以上の他,調査旅行ではロッテルダム,ボイマンス美術館所蔵の「ゴッツォーリ・スケッチプック」を調査することが許された。ゴッツォーリエ房に帰することの是非はともかく,15世紀の作品らしく見えるが,古代遺跡の細部図を含み興味深い素描集であった。全20葉,各葉裏表に図様があり,多くは人体,花,動物,それらの細部が描かれている。中で第2頁,29頁,30頁,31頁にそれぞれ建築の一部がみえる。殊に描かれている)のティヴォリ,ウェスタ神殿のものかとみえる柱頭図はおそらく古代遺跡の部分図であろう。以上調査旅行と関連事項について簡単に報告したが,この他写真資料による調査を行ったものに,「マーガレット・チネリー・スケッチプック」(ロンドン,ソーン博物館蔵)がある。公刊されていて,既に調査済の他の素描集と照合すると,いくつか全く同一の図様がみつかった。例えぱチネリーの第6葉,28葉は「エスコリアル稿本」と,同じく第24葉はマルティン・ファン・ヘームスケルクの素描集(ベルリン,ダーレム蔵)と,それぞれ遺跡の脇に配された人物像等にいたることまで完全に同一である。チネリーそのものは全く手の異なる雑多な素描の寄せ集めだが,こうした素描間に模写・転写の関係が成立している例は数多い。当時の美術家たちの,古代遺跡に関する情報を交換しあいながら研究を進めていった姿を反映しているものとして興味深い。こうした関係について,いくつかの知見は得られたものの,現在何んらかの論考をまとめ得る状態に至ってはいないので,今後も研究調査をつづけていきたいと思う。-162-

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