鹿島美術研究 年報第3号
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るかを図解して分析した。主人公である元暁・義湘の動きをその場面に追ってみると,必ずしも一画面に一時点の情景のみを描くとは限らないことが明らかである。もっと細かく分析すると,元暁の巻と義湘の巻とでは異なることも明かとなった。比較的義湘の巻は一画面の中に一連の数時点の主人公の動きを収めているが,元暁の巻は一画面には一時点の情景のみに限られることが多い。それはまた義湘の物語に比べ元暁の物語の方が動きに乏しいということでもある。しかしなお絵巻きに沿って分析を進めると,次のようなことも明かとなった。元暁・義湘の巻を一紙ずつその長さまで考えて,縮小した図解を作りその言わば白地図の上に一画面ずつのひとまとまりの区切りを付け,更にその主人公の描かれる回数やそれを取り巻く建物や背景を記号化してみた。その結果義湘の巻では一画面に当たるひとまとまりの情景が少ない所で二紙分,多い所では四紙分にも広がってなされていることが読み取ることが出来た。それに比ベ元暁の巻はほとんどが一紙から二紙を使って一つの時点を現している。即ち元暁の巻では描かれる一時点でのまとまりのある描かれた単位が小さいと言うことになる。この両方の絵巻とも建物や船や樹木などの背景の繰り返しが多いことは既に指摘されているが,例えば同じ建物や船を繰り返す場合でも,二紙以下のスペースの中に描かれたものを繰り返すのに比べ,二紙から三・四紙のスペースの中を,しかもその長さを自在に伸縮させて描いたものを繰り返すのとでは,その波動的効果に自ずから変化と運動とが加わってゆくことは明らかである。更にここにその展開するエネルギーを加速するものとして画面の中に書き加えられた詞書が重要な役割を担っていることが指摘できる。画中の詞書の位置を先の白地図に書き記すと,詞書が記入された所が極めて集中していることが知られる。即ち満遍なく記入されるのではなく,必要に応じて集中的に用いられていることになる。さてそれは物語にとって如何なる内容の箇所であろうか。それはドラマが急テンポで進行する場面である。このような場面においては絵画空間を越えて説話の時間が先行する。説話のスピードに追い付かない絵画空間に補うものとしてこの画中に挿入された詞書があることが判明した。絵巻は元来時間の展開する説話を描くものであり,その進行は絵画としての空間性に優先するということであろう。この『華厳縁起絵巻』はなによりもそのことをよく示した傑作といえよう。一方これと対称的な絵巻として『春日権現瞼記絵巻』があり,研究班の塩出がこれを分析した。延慶二年(1309)に春日大社に奉納された『春日権現瞼記絵巻』は,56-168-

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