項目の霊験靡を二0巻九四段(絵は九三段)の絵巻に表わしたものである。そこには,時間表現の種々の方法が示されているが,今回は,それを画面構成の上から次のように分類し,順次検討することとした(この問題については既に部分的に発表したことがあるが,それについても今回多少の修正を加えることとなった)。まず,一段の絵が一景から成るもの(75段)は,そこに描かれた場面の数によって,一景ー場面構成(62段)と一景多場面構成(13段)とに大別される。前者は,説話の内容をある瞬間で輪切りにして表わしたものであり,時間構造としては最も単純な表現である。画面の内容により,(l)現実的世界を描くもの(40段),(2)非現実的世界(夢の中の出来事)を描くもの(8段),(3)現実世界と非現実的世界が共存するもの(14段)に分類されるが,その中では(3)にやや特殊な表現が見られた。(3)は神の影向(非現実)とそれを見る者(現実),あるいは夢の中の出来事(非現実)とそれを見る者の眠っている姿(現実)を描くものである。この後者において,眠っている人自身が夢の中にも登場する場合には,説話内容の上からは一つの場面でありながら,画面上は一見すると異時同図法であるかのように見え,実際には同時進行する二つの場面が並存するという複雑な構造を呈するのである。次に後者すなわち一景多場面構成の段については,各場面について上記の分類を行うと共に,場面転換の方法を検討した。結論だけを述べると,二,三の例外を除けば,内の複数の場面はいずれも一つの建物内の隣室や別室あるいは内部と外部にそれぞれ離れて描かれており,これはある瞬間をいくつか並置した構造とみることができる。そして,一つの瞬間からもう一つの瞬間への関係は,多くの場合,緊密さを欠いており,ここでは時間の流れはあまり感じられない。最後に,一段の絵が二景以上から成るもの(多景構成,18段)については,各景について上記の検討をすると共に,特に景転換の方法に注目した。景転換は計24箇所に認められるが,そのうち20例は霞あるいはそれに準じる雲によって画面を分断する方法である。霞や雲は時間経過を暗示するための常套手段であるが,本絵巻の場合はその表現に断絶感が強く,前後の時間的連続性は希薄である。ただし,霞の合間に樹木や山景が見える場合には,断絶感がかなり緩和されることもある。景転換の他の方法には,山景を用いるものが2例,また何も描かないものが2例あるが,特に注目したいのは後者である。何も描かれていないということは,前後の景のつながりが極めてスムーズであると予想されるが,実際には,一例では画面の内容からくる進行方向の-169 -
元のページ ../index.html#187