鹿島美術研究 年報第3号
228/258

のであります。このドングリは,まだ若々しく幼いドングリであり,これを支える青も,明けひろげられたほがらかな姿態と,甘美な表情をしており,全身に光が当っていることがはっきりしました。又かれは,明るい水色のリボンを握っており,ごく一部しか残存しないその対のヌードも,表情は明る<,姿態は開かれています。一方,くヨエル〉の側の,すなわちこれらの対壁のイニューディは,どちらも深くねじられ,閉ざされた姿態をもち,体のそばは濃い闇に覆われ,両方とも目は伏せて,極めて物思わしげな表情をしております。しかも,かれらは,<ドングリ〉をもっておらず,リボンの色も暗エル〉の属性と何らかのかかわりをもつものに違いありません。つまり,これらの謎にみちた人物の関係を明らかにするには,<色〉とく光〉のエレメントが不可欠であること,これが今日,私が痛感した一事であります。しかも,色彩及び明暗が,一つには汚染によって,一つには悪しき修復によって見るかげもなくなっていた数百年の間,ミケランジェロによる光と色のイコノロジーは手をつけられたこともなかったのであります。私は今後ともこの修復のプロセスを見守りつつ,たえずこの仮説をあらたに修正し,組み立てることによって,数年後には,これについての見解を明らかにしたいと考えます。以上のような,私にとって,極めて収穫の多かった調査が出来たのは,ひとえに貴財団のご援助と深く感謝し,また自分のささやかな成果に幸福を感じています。今後とも,ご援助をお願いし報告を終ります。研究報告:福井大学教育学部助教授若山映子システィーナ礼拝堂にあっては,ミケランジェロが描いた半円形壁面のフレスコ画,及び天井画の一部が修復された状態である。今回の調査にあたっては,田中英道氏及び若桑みどり氏と私の三名が同時に足場に登る許可を得たのは7月27日の土曜日であった。またヴァティカーノ美術館当局の修復責任者マンチネッリ氏は,私が帰国するまでに更に足場に登る許可を下さる旨を約束されたが,9月28日は土曜日で職員の休日にあたったために,8月30日,月曜日の正午よりの許可を下さった。更にローマ出発当日,フィレンツェにおいて,ミケランジェロ作《トンド・ドーニ》の修復を担当したブッツェゴリ氏一行とフレスコ画の専門家イーヴ・ボルスーク氏と共に再三許可され,となっています。これは,かれらの玉座に座っている老いた<ヨ-210 -

元のページ  ../index.html#228

このブックを見る