鹿島美術研究 年報第3号
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intervention(最小限度の介入)の原則にのっとり,開かれた形で謙虚に行われるべきの修復にも採用された方法をナポリの作業で経験できた。欠損部への彩色は,擦れや小さな剥落等,オリジナル図像を見づらくさせる部分にアクアスポルカといわれる方法で水彩絵具の混色による汚し色を施し,調子を沈ませるのみにとどめた。完全な欠損部へは,オリジナルより低く充填した上,トラッテッジョという縦線による彩色を施し,目近で見れば直ちに後補のものであることがわかる方法を採った。高さ20mにも達する狭い足場の上で,ともすれば近視眼的に作業をしがちな時,「全体との調和を常に置け.I」と肩をたたいてくださったボッティチェリ氏の言葉は,そのまま,保存修復の問題を考える時にも言えるのではないだろうか。壁画を含む西洋画を,その後の調査研究の妨げにならずに保存するには,美術史家,科学者,修復技術者,そして必要ならば他の専門家との綿密な調査と検討が必要である。さらに,処置にあたっては,より進んだ処置の見い出された時のために,minimumであろう。フィレンツェの国立修復研究所のシステムでの,美術史家,科学者,修復技術者の協調は,各分野があまりに専門的であり又,力関係も起因するのか,バランスの取れない面もあるように見受けられた。我国では,三者の協調をとりやすいと思われる術館においても,そのシステムは,確立していないのではないか。鹿島美術財団の援助によって得たこの度の貴重な経験をもとに,技術の面からだけでなく,倫理や原則にふまえた,『全体との調和のある保存修復』ということの為に,微力ながらもさらに研究を深め,尽力して行くつもりである。最後に,この研究のため,多大の援助をいただいた鹿島美術財団に深く感謝の意を表すると共に,御指導頂いた伊藤延男先生,小谷野匡子先生,高階秀爾先生,富山秀男先生を始め,ICCROMでの研修中,御教授いただいた教授の方々,現地での作業に便宜を計っていただいた,ポール・シュワルツバウム氏,グイド・ボッティチェリ氏,モニカ・カスタルディ氏,ハインツ・ライトナー氏,さらに共に研修した研究者の皆様にも,この場を借りて御礼を申し上げたい。4.おわりに-216-

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