ー23-講演題目2.「ゴッホと19世紀の文学」東京大学文学部教授高階秀爾ゴッホの「人と作品」についてはファン・デル・ヴォルク先生からお話がありましたが,私はゴッホの作品の中で,ゴッホの人間について大変に特徴的と思われる一面についてお話ししたいと思います。題名にもありますように「ゴッホと文学」とのかかわりということなのですが,今回の展覧会に様々な作品が並べられていてそれぞれいろいろな特質があると思うのです。特にフランスのセクションではゴッホ自身が愛読した本が幾つも描かれている絵が並べられております。ゴッホは膨大な量の手紙,数多い作品を残しておりますが,それと同時に大変な読書家でありました。彼の手紙を読みますと彼は伝道師を志していましたので,当然小さい時から聖書に親しみこれは生涯続きますが,その聖書をはじめとして数多く本が出て参ります。その本を読んだ感想あるいは自分の弟や妹にあてて,これは是非読んだらいいとか,あるいはこういうものを読みたいというようなことが繰り返し出て参ります。どういう本を読んだかというのも,手紙を見るとわかるのですが,或る意味で乱読といっても良い広い分野に亘っている。芸術関係は当然,画家の伝記とか芸術論であるとか技法書とか,これは画家である以上当然なのですが,それ以外には宗教関係(哲学思想も含めて)歴史関係,文学関係というふうに分けることができると思います。文学関係では,古典から当時における現代_19世紀の文学まで非常に幅広く読んでいます。例えば古典ですと,ギリシア古典劇の『アエスキュロス』だとか,『ホメロス』あるいはシェークスピア。それから18世紀のヴォルテールの小説とか,あるいはボシュエ(宗教家)の演説集などがあげられます。しかし圧倒的に多いのが彼の生きた時代の,特に19世紀の前半から後半にかけて,つまり同時代の歴史も含めて文学作品が多いのです。我々に親しまれたものでどういう人びとが関心を集めていたか,先ず詩人ではフランスのロマン派の詩人アルフレッド・ミュッセとか,ラマルティーヌとか,ヴィクトル・ユゴー,それからドイツのハイネ,イギリスでは詩人のクリスチナ・ロセッティ。ロセッティに関心をひいたのは,彼女の兄の画家であり文学者でもあるダンテ・ガブリエル・ロセッティを中心としたラファエル前派に,大変興味を持っていたからだろうと思います。それからアンデルセンのおとぎばなし,ディケンズの『クリスマス・キャロル』を含むクリスマス物語,当時よく読まれたストー夫人の『アンクル・トムの小屋』そして最もその言及が多いのは小説類です。一番長々と彼が手紙の中でとりあげ,何遍も繰り返し述べているのはいわゆる文学,19世紀の小説で,これは大きく分けてイギリスとフランスに分けられます。
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