鹿島美術研究 年報第3号
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いたします。従って彼の手紙の中に出てくる文学作品,それも専ら同時代の文学者の作品が出てくるわけです。その意味でゴッホというのは,自分の内面生活を画面の上に反映させていった画家だと言っていいと思います。彼がなぜそれほどまでに19世紀の画家達に関心を寄せたか,その一つとして,彼自身の証言がありますので読んでみます。1887年にパリにいるとき一番末の妹ヴィレミーンにあてた手紙で「もし真実を,ありのままの人生を知りたいと思うなら,例えばゴンクール兄弟の『ジェルミニー・ラセルトゥ』や『娼婦工リザ』あるいはゾラの『生きる歓び』や『居酒屋』その他我々が感じる通りの人生を画いた多くの傑作がある。つまり彼らは真実を語って欲しいという我々の欲求を満足させてくれるものであるわけだ。ゾラ,フロベール,モーパッサン,ゴンクール兄弟,リシュパン,ドーデ,ュイスマンスなど,フランスの自然主義者達の作品は素晴らしい。彼らを知らなければ,人は真に現代に生きているということは難しい」というふうに言っております。つまり人生の真実を書いてくれるということが,まず一つ大きな理由だったわけです。彼はオランダ時代に農民の姿をたくさん描いています。今回の展覧会にも並んでいますが,彼は働く農民の真実の姿を,飾りたてたり美化したりすることなく,その真の姿を見せようとしているわけです。彼はミレーの作品に感動しました。ミレーが,働く農民の姿を真にその姿を描いた画家だというふうに感じとってミレーの模写などをしております。同じようなことをパリに出て来てから特に新しい都会に働く人々の姿,その真実の姿を文学者の作品の中に読みとったわけです。従って,その自分の気持ちを彼は自分で何かを感じますと,それを手紙に書いたり,絵画に表現したりせずにはいられない。そのために一見何の変哲もないようでありながら極めて特徴のある画面が登場して参ります。例えば彼の静物画に本が出て来ると申しました。彼の静物を見ますと……オランダというのは17世紀以来静物画の国ですから,彼自身ももちろん先輩達の作品を知っていますから,その伝統の上に則って静物画を描くのは不思議でもないのです……しかし,従来ないような静物画の主題というのがゴッホの中にしばしば出て来ます。従来,静物画の少なくともそのメインの主題で靴(写真1)一造形的には魅力があるものとは言えないーを描き出した絵というのはあまり見られません。実は彼が靴を描いたことに関してはミレーの影響があって,ミレーがデッサンでカット代わりに靴……これも木靴,農民の履く木靴……をよくカットに使ったということが彼の伝記に出ています。ゴッホがそれに刺激を受けたことも事実です。しかし,サイン代わりのデッサンならともかく-26 -

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