鹿島美術研究 年報第3号
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るとそこへ1人の女(街娼)がよってきて話しかけて来た,それを見て(これはゴーギャンが言っているのですが)ゴッホはフランス文学に陶酔していたのでフランス文学の通りにしようと思った。これは彼がゴンクールの『娼婦エリザ』を思い出して彼女に同情し,手に入れだばかりの5フランを彼女にやってしまった」と書いてある。そういう個人的な関心は,今回来ている絵にもよく表われております。アルルで描かれた<玉葱と本のある静物画>は,大きなスケッチ板の上に1冊の本,手紙,蛾燭,玉葱などいろいろなものが載っています。この絵はポール・シニャックの<モーパッサンの本のある静物>の画面の構成と大変よく似ており,シニャックの画面の本はモーパッサンの『オーソレイユ』(太陽の下で)というエッセイ集で,題名がわかるようになっております。シニャックのくモーパッサンのある静物>は,1883年の作で,ゴッホの<玉葱と本のある静物画>は1889年初めの作ですので,ゴッホがシニャックの絵を知っていたにちがいないということは想定されます。しかし同時にここに描かれているものは全にゴッホ個人の世界です。画面の中の手紙は弟テオから来た手紙なんですが,「フィンセント・ファン・ホッホ」という宛名が描かれています。自分の署名代わりにゴッホの名前がここに入っていると同時にこの世界がゴッホの世界だということを示しているのです。また画面の中の本はF.V.ラスパイユ著の『健康年鑑』で,この本は便利な家庭医学書として当時極めて広く読まれたものです。ゴッホも健康を保つために,この本に注意を払っていました。特にこれは例の耳切り事件のあとで,なんとか療養して回復しようとする時に描かれているので,生きようとする意欲の表われてあると考えてよいと思います。そういう目でみますと,同じ画面に蛾燭がありますが,螺燭というのは生命のシンボルで,実はく開かれた聖書のある静物>の傍にある火の消えた蛾燭は死のシンボルなのです。火がついているのは生のシンボルです。それから芽をふいている玉葱があります。これは芽生えという生命力のあらわれを示すものです。ゴッホは実はほかにもこのシンボルをよく使っています。<ゴッホの椅子>の画面背後には芽をふいている玉葱の入った箱の中にゴッホがサインしているのが描かれていて,これはラファエル前派の機関誌『芽生え』への連想があると同時に内容的には明らかに,新しい生命の蘇り,ないしは生命の出発を示すもので,この玉葱は椅子の上のパイプや煙草と共にゴッホ自身の象徴となっているのです。耳切り事件のあとで彼は妹に,自分は毎日「ディケンズが書いてくれた自殺予防の薬を飲んでいる」という手紙を送っています。それは何かというと,一杯の葡萄酒とチーズ付のパンとパイプ煙草だと言っているのです。煙草というのは,彼にとっては特にこの時期に-30 -

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