鹿島美術研究 年報第3号
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28.サロン絵画とパリの日本人画家たちW eisferg, N ochlin, Thuillier, Rosen, Zernerらの研究が注目されてきているが,彼29.美術研究における画像処理の応用研究研究者:早稲田大学文学部講師丹尾安典研究目的:たとえばある近代日本美術史家は,黒田清輝が「モネとかドガとかについていたならば日本洋画の発展は少くとも歴史に定着した姿より数段優れたものとなったであろう」とぐちをこぼしている。パリ画壇では「印象派の大画家の殆んどが活動していた時代」であったにせよ,当時の日本人画家たちの選択リストの中にMonetやDegasが入りこむことはありえなかったといってよい。当時の社会一般に見て,まず画家が市民権を得るのはサロンにおいてであり,そのサロンで活躍しえなかった画家につくことなどありえるはずはなかった。フランスに渡った日本の画家たちがまず見たものはルーブルでありリュクサンブールであり,そしてSocietedes Artistes FrancaisのサロンあるいはSocieteNational des Beaux Artsのサロンであった。五姓田義松,山本芳翠・黒田清輝・久米桂一郎・岡田三郎助・和田英作・中村不折・鹿子木孟郎等のパリに留学した画家たちも例外なくサロンに通った。近年欧米ではBoime,Celebonovic, らの研究はみな19世紀におけるサロン絵画を視野に入れた調査にもとづいている我国でも「日本近代洋画の巨匠とフランス」展や「1880年代のパリ画壇」展など次第にサロン絵画の紹介はおこなわれるようになってきてはいるが,いまだ詳細な研究はない。明治期の代表的な美術雑誌『美術新報』をめくればわかる通り明治後期にはサロンの重要な画家たちの紹介は実にしきりであった。このことは明治期の洋画家たちの"西洋画”のイメージ形成に大きく作用していよう。ともすれば史家の先入感となっている印象派・ポスト印象派=善玉,官学・官展派=悪玉の図式をぬけ出したところからもう一度我国の洋画を考え直してみたい。研究代表者:大和文華館学芸部係長研究目的:ある一つの美術品を前にして,その分析を行う場合,さまざまな分析方法がとり得る。例えば構図や様式の研究,濃淡表現の分析,配色や色の分析,原画の復元や各要素の大きさや位置を変えてみるシュミレーション等であり,まだまだ各研究者の観点川聞多-64 -

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