33.橋本平八についての調査研究連する史料・記録を検討する文献論である。しかしながら,遺品や関連文献史料の絶対量が少なく,手がかりの乏しい古代美術史の研究分野においては,この二方法論以外の新方法による研究が必要に思われる。とりわけ,戦後の研究の著しい進展によって議論が出尽した感じのある近年の研究状況を振り返るとき,この点を痛感せざるを得ない。本研究の最大の目的は,この新たな方法論=形式論を,武装神将形像の細部形式の分析という具体的な題材によって提示するところにある。この形式分析の方法は,即物的であるだけに,具体的客観的に作品間の比較検討を行うことが可能で,絵画と彫刻といったジャンルを超えた比較や,日本の作品と大陸の作品との比較も容易であり,当分野の研究には誠に有効な方法と言える。さて,本研究が実際にとり上げる6■ 8世紀を中心とした日本と大陸の武装神将形像の服制,甲制に関しては,各々石田茂作「仏像のよろい」,楊i弘「中国古代的甲胄」の業績があるが,前者は概説的性格のもので,後者は形式分類の手法に問題があり,ともに十分な検討とは言い難い。また,大陸と日本の作例を歴史的体系的に比較検討する観点に立った研究は,管見の及ぶ限りにおいては,いまだになされていない。この研究分野は,法隆寺金堂四天王像,玉虫厨子扉絵,橘夫人厨子扉絵,東大寺戒壇院・法華堂四天王像,唐招提寺講堂伝二天像,東寺講堂四天王像等,日本美術史上に重要な位置を占める作品がひしめいているにもかかわらず,ほとんど未開発に等しい状態とみられる。よろいの比較研究は,複雑な形を示すものだけに行いやすく,研究の未発達な現状に照らしても必要で,かつ十分な成果を期待できるものと思われる。研究代表者:三重県立美術館学芸員森本研究目的:橋本平八は,日本の近代彫刻史において重要な役割を果した作家であるにもかかわらず,彼に関する研究は,従来,十分でなく,わずかに本間正義氏による研究をあげうるのみである。従って,橋本平八の研究を進めることは,現状十分とは言い難い日本近代彫刻史研究にとって,大きな意味を持つものと考えられる。平八は,大正12年頃から没年に至るまでの間の,詳しい日記を残している。そこには,日々の出来事のほかに,芸術・宗教・哲学等に関する彼独特の考えが記されてい-67 -
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