鹿島美術研究 年報第4号
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これら道清の作例から窺える意匠上の特徴は,近接描写,図様の簡略性,主題の判じ物的象徴表現,異色の主題等があげられよう。そこで注目されるのが,「幸阿弥家伝の道清の作についての説明,「自身下絵ー風蒔絵書出ス,少絵振不約ニフッ切也」の形容である。「一風蒔絵書出ス」と類似の説明は道清以後の幸阿弥派の数人にも記されるところで,この派の意匠傾向が,伝統墨守ではな〈,常に新機軸を狙ったものであったことを示している。また「少絵振不約ニフッ切也」についても,「絵振」は絵(画)風,「約」には約やか(つづまやか)[ひかえめ]の意味があり,「フッ切」は吹切る[ためらいを捨てる]であることからすれば,大凡のところ,その意匠表現はひかえめでなく,ためらいかない,いわば少し大胆なものであったと解釈されよう。実際に幸阿弥派の作と考えられる室町末から桃山時代の作例ー桜山昔鳥蒔絵硯箱(武藤家,伝五代宗伯作),日月蒔絵硯箱(仁和寺,伝七代長晏作),住吉蒔絵机(仁和寺,伝長晏作),厨子扉(高台寺,幸阿弥又左衛門在銘),虎渓三笑蒔絵棚(東京国立博物館他,長晏弟長玄作)等には,ほとんどこれらの意匠傾向が強く認められる。次にこれらの特徴をもって,現存の室町時代の代表的作例を改めて見ると,い〈つかの作例が俎上に上がってくる。第一は岡田氏も指摘された春田山蒔絵硯箱(根津美術館)である。叙景的な図様ながら,和歌の中で重要な存在である鹿を象徴的に中心に据え,簡略化された山の端に咲き乱れる秋草も,他との比例関係を無視して大きく近接描写される。第二は砧蒔絵硯箱(東京国立博物館)で,春日山硯箱に意匠構成,秋草や岩の表現・技法が近似する。蓋表に配される枕は,秋草を背景に立体的に大きく表わされ,単なる叙景文ではなく秋野との連続性を無視した判じ物的意匠である。その他,判じ物的歌絵意匠になる物かわ蒔絵伽羅箱(陽明文庫)等があげられよう。これらの作例は,技術的には後述する五十嵐派の精緻さに劣るが,いわば意匠面での新機軸にそのオを発揮している。く五十嵐蒔絵〉五十嵐派は幸阿弥派以上にその実態が詳かでないが,岡田譲氏は江戸時代の五十嵐派の作例の特色から推して,小倉山蒔絵硯箱(サントリー美術館),住吉蒔絵硯箱(角海家)を同派の作に比定されている。この説はともかく,両硯箱の意匠・技法は明らかに同エもしくは極めて近い系統の作であり,ここでもともかく五十嵐蒔絵として纏める。これらの硯箱では,黒地の空間を生かした叙景的で閑雅な趣,精緻な蒔絵技法が特徴的である。その樹木表現は例えば伝相阿弥筆の灌湘八景図(大仙院)のそれに良く似ている。特に一部の樹木に見られる盆栽や珊瑚を思わせる歪屈-102 _

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