鹿島美術研究 年報第4号
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では『松梅竹取談』(文化6山東京伝作,歌川国貞画)の滝を連続のモチーフとした例の他は二,三にとどまっていたが,今回の調査では,『伊達道具鳥羽累』(文化12年,七世市川団十郎作,歌川国貞画)と,『小女郎手昔編笠』(文政12年,墨川亭雪麿作,歌川国虎画)の共に寺院の塔を長く描いて連続させた二つの例を加えることができた。これらの例はほんの一部にしかすぎず,今後更に多くの合巻作品に当るならば,見出される可能性は高いと思われる。この連続図様の手法が同時多場面を結合させたパノラマ的なものである一方,次に述べるものは同じ連続図様でも,頁をめくることで時間の経過を表現しながらも,それら複数の画面が強い因果関係にあることを悟らせるために用いるものである。多くの場合,幽魂や変化(へんげ)によって生み出された鼠や蛇の大群などが因と果をつなぐものとなっており,連続させた場面間には頁を境として時間と空間の大きな隔りが実現されている。この使用例は今回の調査ではかなり多く見出すことができた。『笠森娘錦之笈摺』(文化5年・山東京伝作・歌川豊国画」,『高尾丸剣之稲妻』(文化7山東京山作・歌川国貞画),『山洞流悪玉狂言』(文政4年・橋本徳瓶・歌川国丸画)などがあげられる。以上の他に単に画面拡大のみを図ったものも多いが,これについては触れない。文化年間以降の合巻挿絵の一つの特色として,主要登場人物の顔に当時人気の歌舞伎役者の似顔を配することがあげられる。この現象は文化文政年間の合巻のほとんどに見出せるほど流行して合巻の成功不成功の一つの鍵となり,読本にも一部波及するほどであった。『蜘蛛の糸巻』(山東京山編)が記しているごと〈,この似顔の導入は歌川豊国の創始らしいが,読本では文化3年,合巻では文化5年頃といわれるが,今一つはっきりとはしていないようである。今回の調査では,各々の合巻,そしてその前身である黄表紙を点検する際に,この歌舞伎役者の似顔の使用ということにも注意していたが,読本の文化3年(『春夏秋冬』),合巻の文化5年「『岩井櫛粂野仇討』)という例を明確に先行する作品を見出すことはできなかった。ただし,通説の諸作品以前の刊行になる黄表紙の挿絵中にも,五世松本幸四郎や,五世岩井半四郎など際立った特徴的容貌を持つ役者の似顔らしきものは見出すことができ,描写精度の粗さによりそれがはっきりとは断定できないものの,挿絵の画工自身はそれと意識して描いていたのではないかという推測ができる。『国字小説通』(木村黙老著)には「草双紙之2.合巻挿絵における役者似顔絵の導入-114-

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