に貫流し,その綜合化の企図が,作風展開の推進力になったと言ってよい。—~また喩であり,作者のモティーフ選択に応じた,病・死と外,破壊と創造,過去と未来という二元両極的な要素の葛藤が,ムンクの作風展開,個々の作品構成,その造形理念などを基礎づけるわけである。例えばその作風は,前世紀90年代の「生のフリース期」における「闇」に領された閉塞的な表現主義から,今世紀10年代の「オスロ大学構堂壁画期」における「光」のヴァイタリズムヘと劇的に転回するが,この幻想界と現実界の対立拮抗は画業の全期或る種のモティーフの検証にあたって,その基本主題に対賠的な意味付与の可能性を探り,対の形成を通じて主題のアンビバレントな実質を露わにしながら,しかもこの両極的な諸力の和解を追求すること,それがムンクの意識的な制作手法であった。彼が好んで愛の葛藤劇を絵画化したのも,それがエロスにおける生産性と破壊性の葛藤というアンビバレントな内容に充ち,しかもそれが「「両極性であると同時に統一性でもある,本質的な相関関係の表明であるエロスと死の連鎖」(ティム)によって,両極性の止揚可能性を期待させるものがあったからである。同時にムンクの芸術は,そのモティーフを基本的に自己体験から導くという,極めて主観的な基礎に立つものだった。若き日のボヘミアン運動で「汝は自らの生を書〈べし」という戒律に感銘し,後に「私の芸術は自己告白であった」と述べたムンクの芸術上の眼目は,自己体験に発するモティーフを,精細な自己検証を通じて心象のシンボルにまで凝縮し,かくてイリュージョニズムに捉われた時代の絵画を,自己表出の芸術へと転回せしめることにあった。したがってムンクの画業とは,対賠的な「私」が対立し葛藤するアンビバレントな自我状況を可視化し,その止揚を図る試みなのであって,言わばそれは自画像制作の原理を画業の全体に適用した,すぐれて自画像的な実質を含むものと言えよう。例えばムンクが終生固執した「生のフリース」(時代の精神状況を装飾壁画風に絵画化するシリーズ)の試みも,自作のあれこれが併置されることによって,一見対照的な互いの相関性が明確になるという認識に発している。そして作品を「好んで対の形で構想し」,それが別種の新たな対形式の生成を捉すという仕方,全作品が互いに比較対照されることから,事象の本質を洞察しようとする態度こそ,レンブラン‘卜やベックマンの自画像制作に典型的なありようなのである。-141-と肉,幻想と現実,内と
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