鹿島美術研究 年報第4号
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自己の面貌さえ他者に託し,他者の面貌さえ自己に近づける一—ーかような自画像の課題化された(自画像化された《ヴァンパイア》の最初のモデルは友人だった)という点,②の区画の自画像が多く,「オスロ大学講堂壁画期」では,「死は新たなる生への,新たなる結晶化の始まりである」という理念に基づいて,閉塞的な自身の過去を減ぼして普遍的な現実世界における転生を図るという点,④の区画で自画像が頻出する。②→④へと両極性の内容を展開せしめた後,彼はついに自己と他者,内と外が未だ融けあった,或いは相互に止揚された,専ら内に収敏する諸力に充ちた座標軸の交点に帰り,自身の存在の意味をいやましに透化していく。<匿名的自画像形式の生成〉原理的性格をムンクは極めて包括的に発現させた。自画像《女面の下》の継続形式は友人プシュビシェフスキの顔や図式的に非人称化された顔と交替し,しかもまた別種の自画像として浮上する。自己の横顔を描き入れた〈絶望》は〈叫び》として匿名化される。極論すれば「ムンクが“男と女”というモティーフを描く場合,いつでも男の肖像には彼の自画像が含まれている」(イェトリカ)のであって,こうしたムンク作品の自画像的性格は,逆にムンク自画像の確定を大変困難なものにしている。のみならず彼は,四分の一面観又は側面観による(《接吻》や〈嫉妬》で周知の)容姿の個性的標徴を図式的に切りつめた。匿名的な自画像形式をその作中に遍在させた。それはブルガーがセザンヌに則して言うように,初期ルネサンス以来の''顔の人相学、,か‘,今日の非対象的な“画面の人相学”へ移行せんとする,西洋自画像史の最末期の様相を証すものとしても,誠に興味ぶかいものがある。(16) 「白描伊勢物語絵」を通して見た初期物語絵の研究研究者:学習院大学人文科学研究科博士課程在学池田調査研究の目的:今回の調査研究の目的は「白描伊勢物語絵巻」の依拠した祖本の制作年代を復元推定し,これを遺品の少ない12世紀の物語絵の一資料として加え,更に遡って平安時代物語絵の初期的形態とその後の展開を考える手がかりとすることである。従来のこの分野における研究はもっぱら個々の現存遺品の解明か中心であり,これらの作品と文献による時代考察とを併せて,ひとつの流れにまとめることはようやく始ったばかりと言える。その点でこの「白描伊勢物語絵巻」の復元的考察と12世紀におけるその系忍-143-

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