和62年1月,を発表しているため内容が一部重複する点を,あらかじめお断り申し列の物語絵をたどる試みは,院政期の世俗画に関する諸問題を解明する一端緒にもなり得よう。研究報告:最初に簡単に「白描伊勢物語絵巻」の概要について述べておきたい。本絵巻に関する研究は,昭和7年に田中一松氏によって先鞭をつけられた後(「白描下絵梵字経について」『文学(岩波講座日本文学附録)』8,昭和23年白畑よし氏が,団家,益田家所蔵の各一巻及び残欠二例を含む全貌を提示された(「伊勢物語下絵梵字経考」『美術研究』147号)。しかしその後巻子装を解かれ,現在ではすべて断簡として別表に示したように諸家に分蔵されている。またこの作品は白描の画面や詞書の上,更に紙背にまで光明真言の梵字陀羅尼が木版で一面に捺されていることで図様を不分明にしているという研究上の障害もある。そこでまず第1に,絵に関する19の断簡のうち実見可能なものについての調査を行い,更に猫き起こしの図を今回新たに小滝雅道氏(東京芸術大学日本画科,大学院博士課程在学)に依頼して制作した。(大和文華館所蔵の断簡については,同館で独自に制作された描き起こしの図の写真撮影も許可され,資料として活用させていただいた。)入手した写真資料,並びに描き起こしによって,「白描伊勢物語絵巻」諸段の表現,並びに画面構成について検討した結果を報告するもので,今回の助成を受けて行った研究の成果は,すでに拙稿「『白描伊勢物語絵巻』とその系譜的位置」『美術史』121,昭げておきたい。さて『伊勢物語』の絵画化は,物語自身の形成過程にあたる10世紀のうちに既に始まったと推測され,また11世紀初頭に成立した『源氏物語』の中には,二度にわたって絵巻形式の伊勢物語絵が登場する。しかし,制作が平安時代に潮る作品は現存せず,最古の遺品は,鎌倉時代前期の制作と推定されるこの「白描伊勢物語絵巻」であるとされてきた。また,伊藤敏子氏によって,白描本の詞書本文を手がかりにi平安時代に潮る祖本の存在が推定されている(『伊勢物語絵』昭和59年3月,角川書店)。しかし,今回の調査時における観察の所見を述べるならば,「白描伊勢物語絵巻」は,その表現上の特色の中に,自ずから祖本の本の存在を示唆していることは明らかである。例えば屋台引きの線を見ると,一部はフリーハンドで引かれているのみならず,細部まで幾何学的にかっちりと仕上げようとする意図を持っていなかったと思われ,線の-144-
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