鹿島美術研究 年報第4号
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10世紀から11世紀初頭にかけて存在した無数の物語にふんだんに盛り込まれていたに図法で描かれているのは9画面となっており,この作品が12世紀前半に広く行なわれていた古典的な第1の構図法を多用していることが明らかである。また視点の問題に関しても,全般に視点が低く,画面によっては(23段筒井筒,65段笛を吹く男),ほとんど対象と同じレベルに視点を置いて,平行的に捉えている。加えて注目すべき点は,白描本の構図,画面構成と「源氏物語絵巻」のそれとには,極めて高い共通性が指摘し得ることである。簑子縁や長押といった建築の基本的な構図が相似する例(たとえば白描本27段水鏡と源氏の東屋第一段,白描本百段忘れ草と源氏の鈴虫第一段など)が挙げられる。この共通性が示唆するところは,ただ単に白描本の祖本となった古い伊勢物語絵巻と「源氏物語絵巻」とが同時代に制作されたという可能性にとどまらない。むしろ更に興味深いことは,『源氏物語』と『伊勢物語』というように物語のが異なる場合にも共通して利用された,物語絵の基本的構図の型というものが存在したと推測される点である。当時の物語絵は既存の基本的な構図を利用した上で,人物の配置やポーズ,小道具などには,それぞれの物語場面にふさわしいよう工夫を加え仕上げられたであろう。そして12世紀前半の物語絵制作の情況は,更に10世紀から11世紀にまで潮る,「女絵」と当時呼ばれたプリミティブな小品画や,「女絵」の定型的画面構成の型を吸収することによって生まれた「女絵系物語絵」の伝統をしっかりと継承しているように見受けられる。垣間見や対面のような男女の恋にまつわる場面は,違いなく,そうした場面を絵画化した小品画は,不特定の,いかような恋物語のー場面とも享受者によって見立てられ,楽しまれていたことと想定される。『源氏物語』や『伊勢物語』は,もとよりそうした失われてしまった群小の恋物語とは異なり,成熟した完成度の高い文学作品であることは言うまでもない。ただこれらの作品の中に,こうした普遍的な恋の場面が存在し,かつ物語のクライマックスともなっている点は見逃せない。物語の絵画化にあたって,典型的な場面か選ばれる場合には,極めて伝統的な定型的画面構成が用いられたのだと考える。先に述べたように『源氏物語』と『伊勢物語』という主題の違いを越えて画面の骨格とも言うべき構図を共有するという現象も,前時代からの伝統を背景としていることが指摘されよう。もちろん「源氏物語絵巻」は,物語本文の深い読解に基づいた独自の場面選択と,屋台の構図をも含め緊張感あふれる造形感覚,そして細やかで洗練された表現を有し,その独自性は他の作品との比較を拒絶するかのようですらある。指摘した伝統的要素は,作品の一側-147-

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