鹿島美術研究 年報第4号
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一方屏風絵はみずからの落款•印をもつ,或いは文献によって筆者の裏付けられる源氏絵扇面貼交屏風6曲1双(永青文庫)土佐派北野天神縁起屏風6曲1双(大英博物館)流派不詳堅田坂本図屏風6曲1双(滋賀県立近代美術館)狩野派か以上の作品について,それぞれ細部にわたる調査を実施するとともに,スライド撮影を行い,また焼付写真を購入した。それらの資料をもとに,各作品の画風上の特質,他作品との比較検討を進めている。基本的な調査,資料収集に重点を置いた初年度の仕事である故,未だ結論的なものを引き出すに至っていないが,断片的に求め得た推察の一例をあげておく。室町時代の土佐派の中心的在存である光信の伝称作品は極めて多いが,そのうち「北野天神縁起絵巻」(北野天満宮)は,奥書及び同時代の日記(『実隆公記』)に光信筆の根拠をもち,最も確度の高い基準作になり得る。この絵巻の描写を詳しく検討すると,人物・樹木・岩などに独得の顕著な特色が全体を支配し,一方これと微妙に異なるの混在も認められる。すなわち光信の基本的な画法の特質を把握し得ると同時に,弟子の協力による協同制作になることが推定されるのである。ここで得た光信画風の一つの物差を他の絵巻に応用し,彼の直接関与した作品,或いはその度合を測ることは可能であろう。そして光信プロパーの画風,及びそれに支配されたいわゆる光信風様式を正確につかむことが今後の重要な課題といえる。ものが皆無に等しく,絵巻以上に問題は複雑である。また絵巻によって得られた,例えば光信の画風の基準が,大画面作品に必ずしもそのまま適用できない点も不都合をきたしている。例えば,桃山時代の土佐光吉が,同じ源氏絵という基盤に立ち,或いは類型的になりがちな顔貌表現をもって,色紙絵と屏風絵に同一筆者,ないし同ーグループの作品としての基範を容易に求め得るのに対し,室町時代に遡る屏風絵の大半は景物画か花鳥画であって,より一層困難を極めている。約半数を残す未調査の屏風絵を含めて,今後は相互の描法の比較,特徴の把握を試みる一方,絵巻中の岩や草木などの描写と比較して,大小画面による画法の違いを超えた共通要素を検出すべくきめ細かい作業が必要である。またこうした努力は,これまでの調査にはあげられなかった肖像画・仏画の分野にも向けられねばならない。殊に肖像画は土佐派の重要な画業の一つであり,またや制作時期を明らかにする基準作例が多いからである。-163-

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