鹿島美術研究 年報第4号
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ー写真ファイルによる作品調査ーリッキー及びリッキー夫人とのインタビュー以上の調査結果は,他の調査研究の結果と総合して,Ph.D.論文として,1988年中に,Universityof Texas at Austinに提出予定である。(27) ネーデルランド美術における「聖ペテロの否認」の図像学的研究研究者:弘前大学教養部専任講師尾崎彰宏調査研究の目的:テロの否認」の約半数にあたる58点はネーデルラントにおいてであった。研究の目的は次の二点を中心に「ペテロの否認」に関する図像学的研究を実証的に行うことである。(1) 「ペテロの否認」の図像学的類型による分類。(2) 東京ブリヂストン美術館所蔵伝レンブラント銅板油彩画(Br.533)の図像研究。以下の調査報告では(2)の問題に絞って述べたい。研究報「ペテロの否認」はキリストが捕えられたとき,ペテロはそれについて行き,大祭司の邸宅の中庭で召使たちとともに火をたいて坐っていたときに起こった出来事を扱った主題である(聖書の該当箇所は資料として添付)。『マタイ福音書』(26章69■75節),『マルコ福音書』(14章66■72章)によれば,ペテロがキリストと一緒にいたことを女中に二度,さらに他の召使たちに同じことを告発され,ペテロは三度否認したという。『ルカ福音書』(22章55■61節)によると,ペテロは一回は女中に,他の二回は召使に告発されるという。『ルカ福音書』にのみ,キリストを三度否認したあと,キリストが振り向いてペテロを見つめた,という記載がある。『ヨハネ福音書』(18章15■27章)では,他の三福音書とは異なり,大祭司の中庭で召使や下役たちと立って炭火に当っていたとき,女中,召使,ペテロに耳を切り落された人の親族で大祭司の召使のひとりに,それぞれ一回ずつ,ペテロがキリストとともにいたことを告発され,そのつど否認したと述べられている。A.ピグラーの『バロック時代の画題総目録』によると,16,7世紀に制作された「ペI 「ペテロの否認」4.総括-194-

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