鹿島美術研究 年報第4号
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17世紀までに,この主題表現は二つの基本的なタイプに発展していた。ひとつは,II ブリヂストン美術館の銅板油彩画の図像についていずれの場合も三度否認すると鶏が鳴き,(ヨハネ福音書を除き)キリストの言ったことば,すなわち「……鶏が鳴くまでにあなたは三度わたしを知らないと言うだろう」(ルカ伝22章34節,マタイ伝26章34節,マルコ伝14章30節),と言われたことを思い出し激しく泣いたという物語である。一方,「ペテロの否認」という図像は初期キリスト教の時代から長い伝統を持っており,ラベンナのサン・アポリナーレ・ヌオヴォに見るように,キリストの受難連作中に二つの異なった場画が扱われた。ひとつはキリストがペテロの否認を予告する場面。もうひとつは,キリストが捕縛され,主についていったペテロが大祭司の邸宅の中庭で待っているときに起こる情景である。ペテロの否認として広く一般に知られて,本稿と直接関わっているのは,後者のタイプである。その基本的な骨組は女中とペテロとの会話であり,柱の上に鶏,場合によっては焚火や火鉢も描かれることがあった。この情景は,夜であるのがもっとも相応しい。こうした理由もあって,17世紀にカラヴァジスト達のなかで,それまでにないくらい広汎に亘って,この主題は流行したのである。全身像の人物からなり,前景で「ペテロの否認」が演じられ,背景に「カヤパの前のキリスト」が見られる,という形式。例えば,メイテンスのデッサン,P・モレインの作品などを挙げることができる。だが,カラヴァジスト達のあいだでは,背景の「カャパの前のキリスト」はあまり描かれなくなり,一例を挙げればナントにあるラ・トゥールの油彩画のように,多くは室内で兵士が賭け事にうち興じる傍らに,ペテロと彼を告発する女中がいる,というよく知られたタイプである。もうひとつのタイプは,画面前景に半身像で大きく描かれた群像からなり,やはりカラヴァジストのなかで好まれていた。レンブラントのアムステルダムにある『ペテロの否認』もその一例である。次に「ペテロの否認」の一例として,ブリヂストン美術館にある伝レンブラント銅板油彩画(Br.533)の図像について考察しよう。(図1,図2)ブリヂストン美術館の銅板油彩画の帰属問題は『レンブラント・コーパス』以降,研究者にとって関心の対象となったといっても過言ではない。一方,イコノグラフィの問題は,長い間研究者の関心を捉えてきた。今回の科学調査によって,銅板左側-195-

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