ている。この物語は使徒行伝第28章に基づく。聖書によると,マルタ島に流れついたパウロー行は,土地の人々の並々ならぬ親切を受けた。そして人々は,降りしきる雨や寒さを凌ぐために火をたいて一同をねぎらってくれたのである。そのとき,まむしがパウロの手にかみつきパウロがそれを火の中へ振り落したというものである。その根拠として,デン・ハーグのブレディウス美術館にある,レンブラントの弟子のひとピー(以下エックハウトのコピーと書く)との類似を指摘している。ただし,ブリヂストンの油彩画は断片であり,その完全な表現はエックハウトのコピーと比較するときに初めて明らかとなるのだという。この指摘から,テュンペルはブリヂストンの図を反転させエックハウトのコピーと比較していることが分かる。この場合,現存するブリヂストンの画中に焚火は描かれていないから,焚火,まむしを持つパウロ等を含む部分を除外して考えなければならない。すると,エックハウトのコピーで焚火にあたりながら何事か話し合っている画面左側の甲胄を付けた兵士を含む三人の人物群が,ブリヂストンの作品では五人になっているものの印象的にはいくらか似通っていると見えなくもない。ところが,両図の人物をそれぞれ比較すると形態的な類似は殆ど認められない。例えばエックハウトのコピーに見る槍にもたれかかるようにして,少しを曲げた兵士は,焚火に手をかざし,振り返る男に何かしきりと聴いているようでもあり,プリヂストンの油彩画に登場する,眼光鋭く居丈高な兵士とは雰囲気にも隔たりがある。おまけに主要場面はプリヂストンの図に欠けていることになるわけで,これ以上比較のしようがない。また,エックハウトのコピーでは出来事が広場で行われているのに,プリヂストンの図では中庭(あるいは室内とも見られる)が舞台となっているなど場面設定においても異なっている。したがって,テュペルの説にはブリヂストンの作品の主題を「マルタ島の聖パウロ」とするに足る積極的な理由付けに欠けているのである。一方,ブリヂストンの油彩画を研究史の章で述べたように,兵士たちの集りといういわば風俗画とみなす研究者もいる。この『衛兵の室』(Coortegaardje)という,兵士の生活を題材にした最初の作品は,F・ヴュルテンベルカーによれば,デン・ハーグのブレディウス美術館所蔵の1626年の年記をもつオランダのカラヴァジョ派のひとりレオナルド・ブラーメルによる小品だとされている。オランダにおいては,特にダフィト・フィンクボーン(DavidVinckboon)が16世紀末から17世紀初頭にかけて繰返りG・ファン・デル・エックハウト(G.van den Eeckhout)による同主題作品のコ-197-
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