えない。諸外国に於いても同様であろうが,日本には特殊な事情もないわけではなくその問題点を数えあげ,その対策を考えてみることもこの報告の主旨とする。教育機関の数は多くはない。特に自然科学分野を専攻しようとする者,即ち保存科を志望する者の員数も決して多くはない。文化財保存は,むしろ高度に分化した専門分野の一つと考えられるから,この教育は高等教育,場合によっては社会人教育の類といえるわけで,大学に於ける教育ということになろう。国立大学としては,の所属する東京芸術大学美術学部保存科学教室が唯一の存在で,このほか,私立大学,各種学校として2,3教えられるのみである。一般の理工系大学でも養成は可能であるはずだし,この分野の研究者も存在するのだがその多くは余技的であって保存科学を専門とするものではない。養成機関が少ないとはいっても,志望者自体も多くはないので入学試験としてとりたてて難関といえるほどのものではない。つまり競争率は比較的低いのである。当方の経験では平均してほぼ2倍以内で実数としても多くはない。教室は20年余の歴史を持つがその間の出身者数は約30名である。こうした実績は,高い競争率,ある場合には数十倍を超えるような状況下にある西欧の専門家にとって大変奇異に写るらしく,この報告の発表後,「30名は誤りではないか,300名が本当ではないのか」といった質問が出たくらいである。こうした事態は,まず第一に若い学生たち自身この分野に対して意欲を持たないことにも起因するが,同時に受け入れ側の教育態勢,さらにはその後の就職進路の問題でもある。当方がわが国に於けるほとんど唯一の教育機関であることは既に述べたが,現時点での教室の成り立ちをここで説明すると約20年余の歴史を有する当教室は,教授1,助教授1'助手1,の一講座のみにより構成され,常勤教官以外,2, 3の非常勤スタッフを含んでいる。近縁の講座として保存修復技術教室があるが,ともにいわゆる大学院講座で学部(4年制)の基礎を持たず大学内に於いてもやや特異な立場にある。4年制学部に基礎を有しないことは,カリキュラム編制上など教室の活動に制約を与える大きな原因となる。つまり4年間の学習の集積の上に以後の教育訓練が成立するという本来の,学部4年,修士2年,博士3年合計9年間の学習体系が組み立てられないのである。これは主として,教室の発足時文化財保存の分野への人材供給源としての大学講座の役割りについて過小の意義のみしか認めなかった立案者側の責任で-240-
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