も6種の版画が源泉として挙げられる。コルネ1610年アントワープ刊や,フィリップ・ガルの3.フェノロサ,芳崖の革新的日本画団体不明となり,近年再発見され,昨年長崎県立美術博物館が購入した小沢家旧蔵のく十二帝王図>を中心に,いくつかの作品の原図となった可能性のある版画を紹介し,初期洋風画研究の一助としたい。(本調査は昭和60年9月〜10月にパリ国立図書館,ブリュッセル王立図書館の各版画室で実施した。)まずく十二帝王図>には単品連作含め少くとイユ・ガルらのく福者イグナチウス・ロヨラ伝><九帝王図集>などがその主なもので,特に前者は初期洋風画の制作年代の推定に重要な資料の一つとなる。旧黒田家本のく西洋風俗図屏風>(福岡市美術館蔵)にはマルタン・ド・ヴォス原画サドレル兄弟彫版の隠者集<孤独なる生活の勝利>1598年が,MOA本などと共通して源泉となっている。その他聖画では新出の蒔絵寵入り<聖家族像>(東京,個人蔵)がウィーリックスの版画を原図としている。以上の他二,三点の作例につき,スライドで解説を加えたい。「鑑画会」における作品作家に関する調査研究(共同研究)東京国立文化財研究所美術部研究員佐藤道信フェノロサを中心とする鑑画会の活動は,その後の流れの中で通観してみると,日本画の近代化の第1段階とも言うべき強烈なステップとなっていることがわかる。その方針は図式的には東京美術学校から日本美術院へと受け継がれた。伝統的絵画を基盤とした新様式の開拓という革新性保持の点では確かにその姿勢は継承されたが,今回の調査により,その方法論や実際の作品の間にはかなり大きなギャップの存在することが明らかとなった。まず鑑画会関連作家は,フェノロサの美術史観を反映して芳をはじめとする狩野系を中心としていたが,受賞した若手作家は系統別に見ると外にも川端玉章,菊池容斎,柴田是真など明治初期の諸派の大家の傘下から広く参集15
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