鹿島美術研究 年報第4号
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ナルテツクスボーチ2.プルゴーニュ地方ペルシー・レ・フォルジュのロマネスク彫刻guignons : I le bioc et sondecor." L'information of histoire de l'art 1975. 研究者:ウェルズリー大学専任講師常田益代研究目的:ペルシーの簡潔で堅牢な玄関口と質の高い彫刻は後世の破壊,補修を免れた稀な例である。ブルゴーニュ地方建築の特色である玄関間の前段階とも考えられる玄関口を研究するには,マコンのサン・ヴァンサンの保存状態が極めて悪い今,ペルシーをおいてほかにない。しかしペルシー建築及び彫刻はクリュニー,ヴェズレーとの比較に於てほんの一部が論じられているにすぎず,図版さえ未だほとんど出版されていない。ロマネスク玄関口の建築史価値に加え,ペルシー研究の意義はペルシーの置かれている時間的位置にあると言ってもよい。ブルゴーニュ地方のロマネスク彫刻を大きく第一期(黎明期シャルリュ,モン・サン・ヴァンサンなど),第二期(形成期),第三期(最盛期ヴェズレー,オータンなど),第四期(成熟期サン・ジュリアン・ジョンシー,シャルリュ北扉口など)の四期に分けるなら第一期,第三期,第四期はかなり明確に捕えられている。しかしいかに黎明期から最盛期へ展開したか,つまり形成期の過程がまだはっきりしていない。その理由としては繰り返し論争されてきたクリュニ一周歩廊柱頭彫刻の年代をはじめとし,クリュニーの果した役割が彫刻の場合,建築の場面ほどはっきりつかめていないことが挙げられる。形成期の問題を扱うには二つの異なるアプローチを同時進行させる必要があると思われる。一つはクリュニーから発掘された未出版の彫刻断片写真を発掘日誌,発掘場所に従って分類し,クリュニー自体に於る彫刻様式,技法の推移を跡づけること,もう一つは一般にクリュニーの影縛下で制作されたと考えられている一連の作例(アンジ一扉口,マコン,アブナ祭壇,モンソーレトワール,ペルシー)を実証的に調査することである。この際E.V ergnolle が第一期の教会群に試みた柱頭分析の方法は,(l)第二期から第三期にかけての教会柱頭群を調べる上にも示唆に豊んでいる。ペルシーのモノグラムは巨視的に見ればこうしたプロセスの一つであり,将来のより大きな研究課題のためにも確かな基礎となるであろう。注(1)E. V ergnolle, "Recherches sur quelquos series de chapiteanx romens bour--49 -

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