(2) ルオーの連作油彩画「受難」とその木版原画との比較研究研究者:北九州市立美術館学芸員後藤新治調査研究の目的:東京の出光美術術所蔵になるルオーの連作油彩画「受難」(1933-36制作,54点)は,アンドレ・シュアレスの『受難』(1939刊)の挿図として描いた木版用下絵を油彩で完成させたものであるという点で,極めて興味深い成立の過程を示している。そこにはいう技法上の問題,白黒のmatiereと色彩のmatiereという表現上の問題などルオーの芸術創造に直結した様々な問題を,対比的な形で内在させている。そこで『受難』の連作油彩画とその下絵である木版原画を触知的に比較観察することによって,これらの問題を考察すると共に,ルオーの油彩画のmatiらreが3次元化していった真の理を問う事が本研究の目的である。研究報今回助成された研究テーマを拡大した形で,美術史学会第39回全国大会(1986年)で口頭発表を行い,また九州藝術学会誌『デマルテ』第3号に執筆しましたので,この論文抜刷りをもって貴財団の助成に対する調査研究の成果として,報告させていただきます。なお以下に論文レジュメを掲げます。(論文レジュメ)東京の出光美術館が所蔵しているジョルジュ・ルオーの連作油彩画『受難』54点は,本来ならば完成と共に作品の下に覆い隠されてしまうはずの下絵が存在している及びルオーのmatiereが肥大してゆく後期油彩画の出発点を示す作品群である事の2点において,特別の意義を有している。油彩画『受難』を下絵及びそれ以前の油彩画と比較の結果わかったのは,色彩が転調して光を生んだ事と,matiとreが成熟して物質的な絵画空間が生まれ,絵画が一つの「存在」へと移行した事である。この色彩の転調とmatiereの成熟は,色彩やmatiere自体の否定から肯定への転機を契機として生じたものだが,この事態は光そのものの変容をもたらした。即ち否定的な「悲劇性の光」から,肯定的な「調和の光」への変容への変容である。ここで特筆すべきは,色彩とmatiereにおける形而下的肯定性が,光の形而上的肯定性を生んだのであって,この逆ではない事だ。「悲劇の光」から「調和の光」への変容は,認識論から存在論への成熟をも意味していよう。illustrationとtableauの形式上の問題をはじめ,woodengravingとoilpaintingと-66 -
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