82点の木口木版画のための版下絵をもとに生まれた。ルオーはグワッシュでまず下絵4)。ここでは下絵においてそれほど差異のなかった二人の衣服の明度が,油彩画では体的に考察された事はなかった。そこで連作油彩画『受難』における色彩とmatiらreの関係を触知的に観察し,その成立の過程と構造を解明する事によって,30年代半ばを境にルオーの油彩画が3次元化していった真の理由を問うのが,本稿の目的である。連作油彩画『受難』は先にも述べたよう,シュアレスの詩画集『受難』に付されたを描いた後,各々をイメージサイズで切り取り,竪44センチメートルX横33センチメトルの厚手のラグパーペーの台紙に貼り込んで,彫師のジョルジュ・オベールに渡す版下絵とする一方,画商ヴォラールの要請を受け,それらを油彩画へと描き直しにかかった。台紙のサイズがそのまま現在の油彩画の大きさを表しているのは言うまでもない。また絵の周囲に見られる灰緑青色の縁取りは,この台紙とイメージとの関係に起因している。油彩画には題名がなく,相当する木版画の詩画集における頁数が,イメージサイズのセンチメートル表示と共に,作品上部に記されている。82点の油彩画のうち,28点はルオーによって破棄されたと言うから(3),現存する54点が連作油彩画『受難』の全貌を示していると考えてよい。グワッシュによる下絵から,油彩画の完成まで,制作は1930年から35年の6年間を要した。それでは以下,具体的な考察に入るが,最初に油彩画を下絵と比較検討する事によって,次に,『受難』をそれ以前の油彩画と比較検討する事によって,論を進めていきたい。ただし本稿において『受難』の下絵と言う場合,それはルオーがグワッシュで描いた版下絵そのものではなく,これに基づいて彫師オベールが職人的な精緻さを極めて版刻し,詩画集『受難』の挿絵となっている木口木版画を指している事を断っておく。1.色彩の転調(modulation)油彩画『受難』を下絵と比較して最初に分かったのは,主題の対立が,油彩画では色彩の対立へと置き換えられ,この色彩的対立が主題的対立を強化している事(図3.左が赤,右が灰緑と,際立った対比を見せている。最も下絵が白黒のみの無彩色で描かれていた訳ではない。ルオーは「美しい木版画の可能性」を得るために,「黒と微妙なやり方で完全に調和する単純な基本色(4)」で描いたと言うからだ。しかしそれらはあくまで「地味な色彩(5)」で,油彩画に見られる程の鮮やかな色彩的対立はなかったもの-69 -
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