鹿島美術研究 年報第4号
91/268

る事になる。• haute pateと並び,油彩画『受難jを特徴付けているmatiereに,基調となる色彩や輪郭線の上から,多彩で細かな絵具の滴をしたたらせたり,あるいは筆先で色彩の小さな点を打って,そこに微妙な色調を生み出す技法があった(図9)。このmatiere前者をdripping,後者をdottingと呼ぶ事にする。このdrippingやdottingは,haute西te以外の,絵具層が比較的簿い部分に限って用いられていた。それはあたかも,3次元的なhautepateによって獲得された豊かな色調を,絵具層の薄い部分において2次元的に獲得するために考案されたかのようなmatiereである。ここに5番目の,最も注目すぺき特質がでてきた。即ち,ルオーは色彩とmatiらreとのポジティプな構造的結合を計る事で,強度と輝きを増した色彩の均衡を達成した事。これまで見てきたhautep紅eをはじめ,colorfield,brushing, dripping, dottingなどのmatiぶeは,その事の具体的な証明である。油彩画「受難』のmatiereをモデル化し,その構造と成立の過程の概略を示してみるとこのようになる(図10)。なるほど,色彩とmatiereは複雑に絡み合いながら,ポジティプな実体を形成する事で,錬金術的な「多彩性(13)」を呈しているが,しかしそこにはまた,色彩ともmat応reとも異なる第3の物質,ヴェントゥーリが「燐光性」phosphorescenceという美しい図9Passion 12. dripping, レてしまっているmatiereを,特にbrushingと呼んで,hautep紅eと区別してお〈。り,しかも連作全体を通していたる所に見出せ難』を特徴付ける最も重要なmat応reである事は問違いない。ところが,『受難j以前の中期油彩画を特徴付けていたscrapingの方はどうかと言えば,先程見た例以外ではほんの数箇所確認できたにすぎない。matiぶeの肥大とは,従って精確に言えばこのネガティヴなscrapingから,ポジティヴなhaute函teへの移行を意味していたmatiereでもある事から,これが油彩画『受dotting -73 -haute pateは連作油彩画『受難』において初めて,ほとんど突如として現れたmatiereであ

元のページ  ../index.html#91

このブックを見る