かるらして考察を加えた。町朧月景』をめぐって—明治期におけるアメリカ美術の影響(上)」(『美術研究』338号)において,小林清親の木版画とアメリカのカリー・アンド・アイヴス石版画を比較検討し,アメリカ型とイギリス型に区別できる機関車の型に注目して,清親の描いた機関車がアメリカ型であることから,アメリカからの視覚情報の流入について考察した。そののち,本研究によってカリー・アンド・アイヴス石版画についてさらに資料を収集したところ,機関車の型のみならず,様式的にも非常に近い作例を見出すことができた。“AmericanExpress Train”がそれで,構図が似ている上に,列車の車両,煙のたなびきなど細部にも似かよった点が認められる。清親は,火,水,空のたたずまいなど不確定な形を持つものを描くことを得意とし,独特の情緒を漂わせる。その火炎表現に注目すると,従来の日本美術に見られた火炎とは異なる表現がなされていることに気づく。従来の日本美術に見られる火炎表現は,おおむね二種に大別できる。ひとつは青蓮院の青不動の光背となっている迦棲羅炎のように曲線的にゆらめくような炎で『伴大納言絵詞』にも現われる。もうひとつは,ひいらぎの葉のように直線的鋭角的に伸びる炎で,この典型的な例は『北野天神縁起絵巻』に見られる。清親の『明治十四年一月二十六日出火浜町より写両国大炎』『明治十四年二月十一日夜大火久松町に見る出火』などの火事の描写は,これらとは違い波状の色帯による火炎表現となっている(図1,2)。カリー・アンド・アイヴス石版画の“TheGreat Fire at Chicago, な従来にない表現方法と,各作品に必ずひとつは織り込まれている洋燈や洋傘,電線などの洋風のモチーフによってかもし出されている。•こして,その洋風表現は,機関車の型に端的にあらわれているように,ヨーロッパからのものだけではなくアメリカの視覚報情にも広く学んだものであることがうかがえる。幕末・明治初期の美術は,ヨーロッパの中の特定の国に焦点を絞って目を向けるという仕方ではなく,アメリカをも含む混沌たる西洋から旺盛に学んでつくり出されたということができる。専門絵師の作品ではないが,十五代将軍徳川慶喜の作品と伝えられる油彩画『西洋風景図』が福井市立郷土歴史博物館に所蔵されている。この作品がおさめられている箱の蓋裏には英語の墨書があり,慶喜が明治三年に描いた作品であることを伝えている。明治のご19世紀後半のアメリカ石版画と日本の洋風表現との関連については,「小林清親『高輪牛Oct. 8 th 1871"の火炎表現にむしろ近い(図3)。清親の洋風表現の新しさは,このよう-79 -
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