鹿島美術研究 年報第5号
115/290

や「混合メッセージの記号学のために一~く画家の本〉」(『日仏美術学会要点を提示してみせた。また一冊の挿絵本が全く異なるいくつかの版から作り上げられる可能性,また全く同時に出版された初製本の挿絵に異版が生ずる可能性など,かれの長年の経験に基づく実際的な注意やアドヴァイスに富み,示唆するところは多い,但し,かれは挿絵にrepresent,interpret, decorateという三つの甚だスタティックな機能しか認めず「読者」という視点を欠いているため,必ずしも二章以下の各章でブレイク,J・マーティン,フィズ,J・テニエル,バーン=ジョーンズ,ビアズリを扱う際,挿絵を見ながらテクストを読むという複合的な行為に内在する問題にまで踏み込んでいかない恨みがある。またブライトン・ポリテニックのイーヴリン・ゴールドスミスは,大部の『挿絵研究一方法と再検討』(ケンブリッジ,ケンブリッジ大学出版,1984)で過去の重要な実験心理学的研究成果の要約,再検討という手続きをとりながら論を進めている。第一部で,様々な初等教育上の諸要請から見た挿絵の使用の当否,また使用の当否を左右する諸要素を検討し,さらに読書能力を習得する上でいかなる挿絵の使用が効果的であるかを考察している。このようにかの女の関心は,あくまで挿絵のもつ教育的効果にあり,伝えられるべき情報が的確に伝達される挿絵と本文のあり方の目安を提示することを目的とするため,挿絵とテクストの圃酷を許さず,残念ながらイメージとテクストの複合メディアとしての創造性といった面については全く思慮の外である。しかし第一部でCh・W・モリスが『記号理論の基礎』(シカゴ,シカゴ大学出版,1938)で提示したような記号論的なアプローチを援用して,syntactic,semantic, pragmatic の三つのレベルからシステマティックに挿絵の分析を試みた点は,挿絵研究の方法を確立する上でひじょうに示唆するところが多い。一昨年来日したパリ第七大学のアン=マリ・クリスタンは,「あるテクストのイメージ:マラルメの挿絵画家デュフィ」(『ルヴュ・ド・ラール』誌,1979年,44号所載)会報』,1986年,6号所載)などの論文において19世紀末から20世紀初頭にフランスで現れた所謂「画家の本」を対象に記号学の立場から,挿絵本の複合メディアとしての機能に現在最も踏み込んだ考察を進めている一人と言ってよいだろう。確かに同ーテクストで,挿絵のない書物と挿絵のある書物が読者にとって全く別の作品として現前する以上,イメージ=テクストの複合メディアとしての機能という面から捉え直されない限り,結局挿絵はテクストの間に嵌め込まれた図として,テクストの余計な視覚-91 -

元のページ  ../index.html#115

このブックを見る