鹿島美術研究 年報第5号
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バディーレの作品カタログのために」(『多摩美術大学研究紀要』第四輯所収)の中で,図版を掲げて論じられている。こうした検討から明らかになった新知見を簡単に述べると,前述の素描作品は,様式的な,いな描法的な観点から二つに大別しうる。即ち,一つは,やや粗放な速筆による律動感溢れる素描グループで,主に聖なる物語の構図スケッチである。もう一つは,かなり入念な筆使いによる優美な写実的肖像グループである。これらの素描には,恐ら〈ジョヴァンニの息子アントニオ2世・バディーレジョヴァンニ自身か,もしくは同画家の親族で僧籍を有する「僧ジョヴァンニ・パディーレ2世」(ただし,史料的には未だ正体不明)を素描の作者と同定している。興味深いことに,グァンティエーリ礼拝堂の壁画の中に,前記の素描作品にみられる描法上のニタイプによる人物表現をそれぞれ認め得る。特に,ミュンヘン国立版画収集館所蔵の素描くキリストの捕縛,後向き人物及び若者の頭部>(Inv.Nr. 1963: 261 を参照)の中の,正面向きの若者の容貌は,礼拝堂壁画<幼児ヒエロニムスの洗礼>(図2)に立ち会う,正面を向き歯をむき出して笑っている若者のそれに,描法的のみならず形態学的(モルフォロジカル)にも酷似する。同壁画にはこうした粗放な運箪による人物に加え,執拗なまでに長い睫毛を描き込まれた端正な写実的肖像タイプの人物像が散見される(睫毛の表現については図1を参照)。壁画に認められるこの二つのタイプの表現を同一人物,即ちジョヴァンニ・バディーレの個人様式の振幅内で捉えるべきなのか,それとも素描作品に記された留書が示唆するように制作者の「手」を分けて考えるぺきなのかは,即答を許さぬ難問である。それはともかく,このニタイプの描法が壁画に認められることによって,グアンティエーリ礼拝堂の壁画を広くパディーレ工房による制作として考慮し直さなくてはならなくなった。この考図2(1424-c. 1507)の筆跡によると推察される,作者に関する留書があるが,その多くは,recto ;図版はA.Schmitt, ~'Venezia 1966, n. 26B,または拙論「ジョヴァンニ・バディーレの作品カタログのために」,図8-113-

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