鹿島美術研究 年報第5号
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だんぐま(11) 平安後期の虚空蔵信仰とその絵画の研究(1)まず作品の美術史的観点からの特徴について研究者:京都国立博物館学芸課研究員研究報告:平安後期から鎌倉時代にかけて制作された現存する幾つかの虚空蔵菩薩画像のうちでも,東京国立博物館(東博)蔵の国宝指定品は最古にして最も優れた作域を誇る。これまで本作は,美術史的には院政期仏画の耽美的傾向を帯びながら,宋画の影縛が認められる作例として位置付けられている。また,その制作の目的に関しては,虚空蔵を本尊とする密教修法つまり求聞持(記憶力を増強する)法か福徳法のうち,後者を意図したものだろうと考えられて来た。今回の調査研究では,本作のそうした美術史からの位置付けと,信仰上の位置付けを,改めて再検討する作業を行った。その結果,これまでの考え方をいくつか修正する必要が出て来たものと考える。本作の耽美主義的傾向については,主として細密きわまりない戟金文様がそれを再確認させるが,透し彫り風の頭光・身光の宝相華文様部を詳細に観察すると,同じ戟金線ながら花葉部の輪郭に用いる戟金と,蔓部に用いる戟金は発色が異なることに気づく。そのもとになった金箔に二種類あったものと想像され,緻密な配慮が窺われる。こうした金箔の使い分けは,まだ平安仏画における例は見出せておらず,今後の調査に侯たれる。また,裳の部位の賦彩は,地色と段最の色調の差がごくわずかで,しかもこれに白色の照批が段最風に加えられて,複雑な配色を現出している。このような僅かな色調の差を意識的に活用する表現感覚は,12世紀前半の作例には顕著ではなく,12世紀半頃から後半にかけてと思われる諸作例に多く見出せるものである。さらに,平安後期仏画の基本的な配色原理である<紺丹緑紫〉の組み合わせは,本作では崩れつつあることが観察され,さらに白の輪郭線ではなく朱線を多く用いるようになるなど,12世紀前半の仏画の諸傾向とは異なる特徴が種々見つけられる。こうした点からは,本作品の制作期を12世紀半ばとする従来の見解は支持できる。問題は宋画の影響に関してであろう。本作はこれまで,寒色を中心とする地味で落ち着いた色調が大きな特色とされ,それが院政期の温かい色調と異なる新しい傾向で,宋画の影響と見なされて来た。しかし,今回の調査で明らかになったことは,寒色あるいは暗色と思われて来た部分のかなりの箇所が,銀泥の酸化によるものであること泉武夫-127-

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